「ソフトパワー」とはアメリカの国際政治学者ジョセフ・ナイが提唱した言葉で、軍事・経済力などの「ハードパワー」と対置し、文化や芸術などの魅力を伝えることを通じて国際社会(あるいは二国間)において自国の優位性を築いていくという考え方の核となるものだ。

ご承知のように香港は中国からの同一化要求の猛攻を受けており、その独自性を失おうとしている。その「独自性」は果たして無条件(かつ無期限?)に保持されるべきものなのかということに関しては一定の疑問があるのも確かだが、数十年のタイムスパンで考えるべき課題に対してもうすこし丁寧でソフトなやり方もあるのではないかと個人的には思う。

その是非は今回の主題ではないので扱わない。今回紹介するのは香港に新しく設立された文化系のいわゆる「央企(中央政府が直接所轄する国有企業)」の背景だ。散々ハードパワーで民衆を抑え込もうとした北京中央政府が文化に関する国有企業をわざわざ新しく(といっても既存の組織の組み換えではあるが)作った、と言う事実は、今後の香港に対するアプローチに関して、ひょっとしたら面白い視点を提供してくれるのではないかと思う。

なおこの記事途中まではまともなのだが、最後になって突然非常に政治念仏のようになる。あまりにも中身がないので一部はカットしたが、読みにくい部分については適宜読み飛ばしていただいても特に影響はないはずだ。

国有企業のピラミッドの頂点「央企」

訳文の前に参考まで、中国の国有企業の序列について簡単に補足しておく。星の数ある国有企業の中のトップクラスが上述の「央企」で97社存在する。その中にもさらに序列があり、最もグレードが高いのが「正部級」と呼ばれ、3社しか存在しない(中国中信集团有限公司、中国铁路总公司、中国投资有限责任公司)。

また複雑になり恐縮だが、実は「央企」も狭義のものと広義のものがあり、上述の97社は狭義の央企を指す。これは国务院国资委が出資人となっているもので中央政治局常委会が総経理や党書記を任命することになっている。それ以外にも财政部(部と言っても日本でいえば省庁級)などが管理する企業も多くはないがあり、こちらを含めた場合は広義の央企となる(具体的な企業名に関しては例えばこちら)。

今回設立された「紫荆文化集团」はその中の副部級でこちらも49社しかなく、いわゆる「中国~公司」という各基幹産業の雄が集まっている。リストを見た限り「紫荆」は純粋な文化系企業としては初めてではないだろうか(保利集团の名前があるが、非常に多角化しているため文化系とはいえないだろう)。以前吉本興業の提携相手としてかなり詳しく紹介した、中国の対外ソフトパワー外交を担う对外文化集团(前篇:吉本興業が発表した中国での提携相手についての解説)も狭義の央企のリストには載っていない。出版やマスメディアもプロパガンダという意味で重要視されるが、それでも香港という特別微妙な場所に関わる政治的意図を持ったグループということで、このような高い序列となっているのではないだろうか。

ちなみにこの「紫荆」とはバウヒニア(またはハナズオウ)、俗に香港蘭と呼ばれる花で、香港の区旗(一般的に国旗と呼ばれるもの)に描かれているのがこの花だ。

常務副省長が統べる香港の千億規模
文化系国有中央企業、紫荆文化集团とは?

出典: 常务副省长挂帅,香港千亿级文化央企,紫荆文化集团什么来头? (河豚影视档案 3/7)

広東省の報道によれば3月3日午前、150名の広東省の、全国人民代表大会代表が北京に向かった。その中に元海南省委常委、副省长、省政府党组副书记を務めた毛超峰が、紫荆文化集团有限公司の董事長、党委书记という全く新しい身分で参加していた。これは以前香港メディアが「北京中央が香港に『文化央企』を設立」と報じたことが単なる噂ではなかったことを示している。ではこの紫荆文化集团という名前の央企は一体どのような会社なのか?この動作にどのような意義があるのか、そして将来的に紫荆文化集团は香港にどのような地位を占めるのであろうか?

ひとつの人事情報が、ひとつの事実を証明する。

2021年1月4日、香港の星島日報が、中央政府が香港に「文化央企」を設立し、「软实力(ソフトパワー)」を高めようとしていると報じた。第一報が流れた時、多くの人はみなこれを単なる噂だと思っていた。

两会前になって毛超峰の人事異動が人民代表の身分情報変更として伝えられると、この「文化央企設立」のニュースが事実であったと証明された。非常に目立たない方法ではあったが、このアクションは多くの人々の想像をかきたてた。

“紫荆文化集团”とはどのような文化央企なのか?

今回の两会において、毛超峰は紫荆文化集团有限公司の董事长、党委书记という身分で広東省の代表団に参加した。これはつまりこの香港の会社が「紫荆文化集团」という名前で正式に決定したということでもある。では、この会社は一体どういう央企なのだろうか?「星島日報」によれば、この香港に設立された文化央企の行政等級は副部級で、半年以内に正式に営業を開始し、联合出版集团、《紫荆》杂志社、银都机构などの中国資本企業を統一管理し、資産は1000億香港ドルにもなるという。また他の文化資産の注入も排除せず、主要業務としては出版、ニュース、映画、文芸などの方面を想定している。星島日報がとりあげた三社の中では、联合出版集团が間違いなくトップだ。資料によれば联合出版は香港で最も規模の大きい出版グループで、関連組織は30以上、香港だけでなく中国、マカオ、シンガポール、マレーシア、アメリカ、イギリス、フランス、オーストラリアなどにある。図書出版、小売りと印刷が主で、他にもマルチメディア製品、CD、書画文物、文具や切手の販売なども行っている。

グループ傘下には三联书店、中华书局、商务印书馆、万里机构など多くの有名な出版社を擁し、その出版数は香港の中国語図書総量の1/5を占める。それ以外にも新雅文化、博雅艺术、深圳联合数字、ネットメディアの“橙新闻”、侨商置业などの子会社もあれば、不動産投資や物流などへの投資も行っていた(下記の表参照)。

1990年に創刊された「紫荆」は、香港の月刊総合ニュース雑誌で、傘下には紫荆研究院という名の研究系シンクタンクを擁していた。1992年3月、紫荆は鄧小平の南巡講話の際の写真を独自に発表し、その「改革开放将成为十四大政治基调(改革開放は十四大の政治基調となる)」という論評は内外の非常に大きな注目を集めた。紫荆は、香港、北京、武漢、広州、深圳、东莞、福州、西安、成都、雲南、江西、江苏などに事務所および連絡所をおいた。香港とマカオの大書店などで売られるだけでなく、現在では世界164の国と地区で発行され、計100万人あまりの読者をかかえる。

银都机构に関しては多くの人はよく知らないかもしれない。しかし香港映画の古典である「少林寺三部作」なら知っているだろう。80年代初め、《少林寺》《少林小子》《南北少林》の3つが香港、東南アジア、ひいては世界の映画市場にセンセーションを巻き起こし、いわゆるカンフー映画の全く新しいレベルを見せつけて「新型カンフー映画」の代表作と褒めたたえられた。これを出品したのが银都机构だ。

银都机构有限公司は1950年設立で、すでに60年以上の歴史を持つ。1982年长城电影制片有限公司、凤凰影业公司、新联影业公司など会社を合併させてつくられた国有の独資企業で、20以上の子会社をもち、資産総額は30億香港ドル近い。そして中联办と国家广播电视总局の指導を受けている。60年以上にわたって、银都机构は中国と香港映画界の交流と協業に携わり、《三笑》《画皮》《西楚霸王》《一代宗师》《无极》《头文字D》《功夫无敌》《天堂口》《色·戒》《证人》《窃听风云》《窈窕绅士》《线人》など500近い映画の製作に参加、1000以上の国産映画を発行した。

このような情報から判断するに、もしこの会社構成によって紫荆文化集团を作り、元々の会社の業務を引き継ぐのであれば、将来手の紫荆文化集团は真にその名に恥じない総合文化グループということになるだろう。

この動きの背景と重大な意義とは?

星島日報が建制派の人物の証言として掲載したところによるとこの「文化央企」設立のプロジェクトは2019年に開始されたが一度停止し、去年6月に改めて俎上にあがった。この会社の行政等級は副部級で、まだ正式名称はわからないが、今年上半期には運営が始まるということだった。3月3日、两会代表が次々に北京に到着し、元海南省常务副省长の毛超峰が“紫荆文化集团有限公司”董事長、党委书记という新しい身分で広東省の代表団に参加していることが、この紫荆文化集团が副部級であるという可能性を示唆していた。

毛超峰は1965年12月生まれの河南柘城人、北京气象学院を卒業し、民用航空局の河南省管理局で働いていた。2001年に政治活動に転身、2011年末に河南省委常委、政法委书记に昇格、同時に18大の中央補欠委員に選出された。2012年末、海南省委常委、政法委书记に任命され、2015年にはボアオ・アジアフォーラムの理事及び海南省常务副省长に就任,海南自由贸易港のプロジェクトにも参加している。

当然なぜ紫荆文化集团という組織を設立したのか、という疑問はあるだろう。省委常委、常务副省长という地位の人物をこのトップに据える、この「文化央企」はそこまで重要なのだろうか?このようなハイレベルの意思決定についてコメントする立場にはないが、公開報道から推し量れることもある。

联合出版集团のリリースによれば、2017年5月、联合出版集团は北京经济技術開発区において紫荆文化广场プロジェクトの定礎式を行った。このプロジェクトは文化産業のアップデートを促し、中華文化の輸出を勧め、北京と香港の文化交流や協業を強化するという名目で始められ、ハイエンドな文化イノベーション企業の集積区で、具体的にはデザイン、クリエイティブ、芸術品修三、教育、展覧会議などの機能を備える。

また北京商报の2020年1月7日報道によれば、紫荆文化广场は科创十一街と经海三路の交差点付近に設置され、第一期は2.5万平方メートル、建築面積7.8万平方メートル、6棟のビルが巧みに配置された書院建築群で、すでに内装を開始しており、年内に使用開始されるとのことだった。

ここからもわかる通り、联合出版集团は香港に新しく作られる「紫荆文化集团」の重要な構成メンバーとして2017年には既に北京香港両地が関わる文化産業プロジェクトにおいて、既に今日の「戦略的配置」を見せていた。特に注意すべきなのは、紫荆文化广场プロジェクトは、当時联合出版集团の董事长を務めていた文宏武が参加し、指導していたことだ。文宏武は1968年3月生まれの陕西汉中人、北京航空航天大学の修士課程卒業。1993年4月に社会人生活を始めて以来ずっと电子工业出版社に勤務、編集室編集、副主任、主任、副総編集長、副社長、総編集長、社長を務めた。2008年、香港の联合出版集团董事长兼总裁に任命された。そして2018年驻港联络办の秘书长に選出された。

中国经济网北京の2月18日の報道によれば、香港中联办の公式サイトの主要なメンバーのページが近日更新され、文宏武ではなく王松苗が香港中联办の秘书长と位置付けられていた。これもまた文宏武が「文化央企」の準備のために動いているという星島の報道をの傍証となった。しかしこれは文が必ずこの文化央企に参加するという意味ではなく、他の政府高官としてのポジション、あるいは企業の董事長となる可能性は排除できない。

理屈から言えば、文宏武は総経理として董事長である毛超峰を助ける可能性もある。年齢から考えれば、毛は現在55歳で文は52歳、キャリア上昇の「黄金期」にあたる。経歴からみれば毛は10年以上副部級を務め、管理職としての能力は疑いのないところだ。文は中国および香港でながく報道や出版に携わり、2年に渡り中联办の秘书长を務め香港および海外市場の環境について熟知している。つまりこの「毛文コンビ」は得難きものと言えるだろう。

紫荆文化集团の重要性はいうまでもない。1月5日の环球时报は香港メディアの報道が報じた香港立法会議員の马逢国の発言を取り上げている。彼は中国国内では多くの都市が国営企業の統合を行っていると述べている。また全国港澳研究会の副会长、刘兆佳は文化方面の体制統合は企業運営をより円滑にし、運営効率を上げるだろうと語っている。彼はさらに「文化央企は香港の文化およびクリエイティブ産業の成長に寄与するだろう。香港から世界に中国文化を輸出する存在として」とも述べている。

紫荆文化集团の将来的な方向性の構想

業界情報を総合すると、現在招商局集团、华润集团、中国旅游集团、光大集团という4つの北京中央による大型企業が本社を香港においている。その内前3社は国资委が直接管理する大型の央企だ。光大集团は国资委が直接管理するわけではないが、1983年に財政部と汇金公司(国務院系のCICの100%子会社)が作った会社で、財政部が管理する。

現在香港に本部を置くこうした大型央企のタイプから見れば、製造業やハイテクなどは香港には適合せず、逆に文化系の企業こそが重点という事が出来るだろう。そして香港側がいま最も必要としているのはこうした企業で、その意義は非常に大きい。将来的な発展の方向や目標についても他の4社の大国有企業に劣るものではないだろう。

この点については、两会の香港地区代表と政協委員の声を証拠とすることができる。新華社の3月1日の報道によれば、少なからぬ香港地区の委員は国内外の双循環による新たな発展と十四五計画と2035年までの長期目標綱領の達成のために、中央および香港政府は香港と内地のポテンシャルと独自の強みを引き出し、多くの産業がさらに全面的に、さらに深く、高いレベルで融合し、双方向性でゆたかな融合と発展を実現することを願っている。

(注:ここに2人の香港の委員の発言が入るが割愛する。位置づけとしては前段落の委員の発言を具体的に拾ったもので新しい情報はなく、前段以上に中国共産党用語な用語の羅列で文章を構成しており、意味の分かる日本語としての訳出は時間の無駄と判断した。)

港区全国人大代表和政协委员たちの発言から、联合出版集团、《紫荆》杂志社、银都机构などの「外向的な」文化企業リソースを活用して香港に良好な政治環境と現実の需要に対応できるような紫荆文化集团を設立することは、将来的にこのグループが香港ー中国ー海外および国際文化交流のプラットフォームになり、さらに中国の優秀な文化の輸出を助け、世界中に中国の声を伝え、中国の物語を伝えることに繋がるだろう!