本稿のゴールは中国側からの視点、利害関係や意図をもとに、ミャンマー問題への中国の今後の打ち手について予想してみる、というものだ。

最初に述べておきたいのは、これはかなり限られた材料をもとに組み上げたシナリオの一つにすぎないということだ。また、私はミャンマーの専門家でないことも事実である。ただし多かれ少なかれ「中国の論理」については承知しているつもりでいるし、運良く現地の情報が手に入りやすい環境にある。今回はそれを手がかりにひとつの仮説を提示してみようという試みだとご理解いただきたい。

その限られたピースはかき集めてみると明確にひとつの方向を示しているように見えるが、ひとつの新しいピースがあればすべての絵柄が変わるのがこの手の話なので、それは何をも意味しないと言われればそのとおりではある。しかし外れたら外れたで、その「なぜ」を探ることに一定の意味があるかもしれない。

結論としては、詐欺犯取締は中国は来年上半期に国軍淘汰に向けた明確な行動を起こすためのカバーのひとつでしかないというものだが、その推論に至るいくつかの状況をこれから述べていく。

なお、本投稿は以前Newsweek日本版(オンライン)に寄稿させていただいた「「次世代のスー・チー」が語る本家スー・チーの価値と少数民族乱立国家ミャンマーの未来」取材の際に得た情報をもとに作成している。

22年までと23年下半期の中国の対ミャンマースタンスの変化:不自然な詐欺犯取締話題のショーアップ

まず中国はミャンマーを通る天然ガスと原油のパイプラインを保有している。中国は一般的なエネルギー輸入の多くをマラッカ海峡経由の海運に頼っており(石油に関しては8割にのぼるという)、地政学的なリスク分散のためにも、ミャンマーのパイプラインは重要であるといわれてきた。その一方クーデター以降、道理よりも安定を望むはずの中国は当時圧倒的優勢にあった国軍を明確に指示することはせず曖昧さを貫いた。その原因は色々あるはずだが、本来外交があまり得意ではない中国(「内政干渉に消極的」といってもいいだろう)にとって、周辺すべての国(特に中国としばしば利害が対立するインドやASEAN諸国)が手をつっこみかき回しているミャンマー情勢は処理するに複雑過ぎたこと、その割に他で抱える問題に比べれば致命的と言えるほど大きな問題ではないこと(輸入に占めるマラッカの割合は多くとも、そもそも自給率も高い)、ミャンマーは歴史的経緯に加え90年代からの中国への軍政への軍備提供などから一般的に対中感情はあまりよくないといわれていたことなどがあるだろう。

23年になって目に見えた変化は、失踪する直前の秦剛(当時外相)が5月になってミャンマーを訪問し、国軍トップのミンアウンフラインと会ったことだろう。特に大きな問題もない中でわざわざ中国を訪問した意図は今に至るもよくわからないが(中国の支援を得たいミャンマー国軍は当然いつでも大歓迎だっただろうが)、それでもこれ自体は外相による近隣国訪問というある意味よくある話と理解することはできた。

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しかし8月末ごろから突然ミャンマーを拠点とした中国人による詐欺の問題が中国の国内むけ報道でクローズアップされるようになってきた。具体的な時期を後から遡及して確定することは難しいが、おそらく8月15日、16日に開かれた中国公安部とラオス、タイ、ミャンマー警察当局の合同会議あたりが発端なのではないだろうか。

時を同じくしてミャンマー領内の詐欺グループを題材にした映画「孤注一掷」が8月8日に公開され、2023年の興収第三位にランクインする大ヒットを収めた。ちなみに監督に近い筋によればこの映画は21年に撮影されたもので、今年3月になって正式に制作許可を得ている(本来は許可を得ないと撮影開始できないが、適当な名義で撮影許可だけを取得して撮影しあとから帳尻をあわせることはよくある)。撮影後ずっと審査で止まっていた映画がなぜこのタイミングで公開を許されたのか?勿論中国映画全体の不調から審査が緩んだなどの原因もあるだろうが、中国では昔から「政治の風向きを知りたければCCTV6を見ろ」と言われてきた(CCTV6は映画チャンネル)。どんな映画が放映されるかには党あるいは政府の物事への理解と願望が反映されている、というのだ。此度の習近平訪米の前の「中米友好ムード」醸成の際にもCCTV6では多くの米国映画が上映されていたとも聞いた(直接は確認していないが。映画館でなにを上映するかにも、程度の多寡はともかく政治の意向が反映されるとすればどうだろう。こうした絵解きは中国関係では昔から行われてきたし、「中国政治のプロ」が好んで使ってきた当て推量で、個人的には信じすぎるのもどうかとは思いつつも、材料のひとつにはなろう。

そして10月には王小洪公安部長(日本語で検索すると王暁紅と出てくるが誤り)がミャンマーの首都ネピドーを訪れ、ミンアウンフラインと面会している。いちおう「両国の司法連携の強化のため」としているが、ネット詐欺の取締は、国務委員も勤める公安部長(中国における部長は日本の大臣級、念のため)がわざわざ出向くほどの用件だろうか? 同じような情勢不安を理由に観光客が激減したタイならともかく、被害金額すらよくわからない犯罪取締だけではなく、別の理由で訪れたのでは、という考え方はそれなりに説得力があるのではないだろうか。

また角度を変えると、中国は最近国際社会における調停者になりたい欲望を発露させている。おそらく憧れのアメリカが世界の警察として振る舞いある程度尊敬されていることが羨ましいのだろう(嫌われてもいるが、当然そうした部分は目に入らない。兄貴のおもちゃはいつだって輝いてみえるのだ)。例えばサウジ-イランの国交正常化の仲介やロシアによるウクライナ侵攻、あるいは直近の中東ガザ問題など、実質的効力はさておき、多くの場合中国は(内政不干渉を旨とするにも関わらず)こうした問題に対して対立する双方を取り持とうとする行動を取りがちだ。隣国であるミャンマーのクーデター問題は良くも悪くも思想上の対立というよりは暴力によってある程度解決できる類の問題であり、元々当地の各勢力に一定の影響力を持つ中国にとって成果を出しやすい、と考えることもできる。

風見鶏・中国を動かしたのはミャンマー国内情勢の変化?

国軍の実質支配地域がどんどん減少しているということは最近よく語られる。拮抗する軍事力は微妙なバランスの上に成り立っており、一端どちらかに傾くとそのまま勢いを増して一気に情勢が決着する場合も多い。そうしたことが風見鶏だった(というよりリスクを取ってわざわざどちらかに肩入れするほどの判断をしたがらなかった)中国の腹を決めさせたのでは?というのが妄想を支える材料のひとつだ。

現状では国軍は地上戦で敗退し占領地を放棄した場合でもロシアから仕入れた爆撃機でその地域を執拗に爆撃することで街自体に損害を与え無価値化することで拮抗を保っているようだが、外国供与の空軍力のカバー範囲が広いとはとても思えず、国内の様々な地域で同時に劣勢に追い込まれた時にこれまでのような方法が通用するかはかなり怪しい。

仮に国軍がさらに支配地域を失い、NUG(クーデター前にアウン・サン・スー・チーが率いていた民主派NLDの主要メンバーが創設した並行政府)とその軍事部門であるPDFがその大半を奪還したとしても、国軍がミャンマー国内でここまでの勢力を誇るようになったのも結局は少数民族の武装勢力掃討の功によるものであることを考えれば、ビルマ人中心のNUGは今後の国家運営に少数民族武装勢力の支持を必要とすることは想像に難くない。そして大手の武装勢力のいくつかは中国の実質コントロール下にあるといわれる。現実的に国軍の敗退(あるいは規模の縮小)が見えてきた今、中国が11月末に南西部で軍事演習を、あるいは海軍による「親善訪問」を行っていることを「国軍との連帯を示すため」とだけ分析するのは必ずしも正解ではない、と思うのは私だけだろうか。砲塔の向きはいつでも変えることができるのだ。そしてこうした行動にもコストがかかり、中国にとって負けつつある勢力に出費する合理性はない。

国軍と中国の不和は、たとえばヤンゴンの中国大使館前で行われた「中国は反政府勢力を支援するな」という官製デモにも現れている。左記のリンク先にもあるように、国軍はそもそも「中国の懸念を真剣に捉えていなかった」という。とはいえきちんとしたコミュニケーションをとれていればこうしたそれ違いは起こるはずもなく、中国側がどこかの時期で一方的にボルテージをあげた、と考えるのが自然だ。

ただし1ヶ月ほど前までは反国軍勢力の実効支配地域に対し、詐欺撲滅を名目に人民解放軍が侵攻(直接侵攻か、武警など治安執行機関への偽装か、軍事顧問団か「正体不明の武装勢力」かといった手法は色々あるにせよ)することで国軍との挟み撃ちで武装勢力圧迫を狙っているのでは、といった観測もあった。この1ヶ月でそれがひっくり返った理由はよくわからないが、10月27日にいわゆる「兄弟同盟」の3勢力が起こした軍事行動は米国平和研究所によれば中国側の支援を得ているとも言われ(下記のミンアウンフラインの発言でも示唆されている)、これもまた中国が国軍に対して友好的ではない+国軍側も中国に強い不信感を持っている証左のひとつになるだろう。ただしリンク先にあるように、元々強い支配力を持っていなかった山岳地帯での敗北が国軍の存続自体に致命的な影響をあたえる可能性は高くないのも事実だ。

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ここまででお気づきかもしれないが、これらの動きのほとんどにおいてミャンマー国軍は受け身であり、なにひとつ自分で決められていない。最近のミンアウンフラインの発言を見ても他者に責任をなすりつけようとするだけで、自分から何かをしたいという姿勢はみえない。だからこそミャンマーの論理がわからなくてもある程度予想ができるのではないか、と踏んだわけだが。

では転機はいつ訪れるのか?

さまざまなシナリオが考えられるし、シナリオにないことが偶発的に起こることも考えられるだろう。それでも直近の材料から、2つのイベントの連動によるものという仮説を唱えてみたい。ひとつは12月16日から東京で開かれるASEAN特別首脳会談、そしてもうひとつはクリスマスだ。中国と国境を接するいくつかの地域のうち例えばカチン州のカチン族はキリスト教徒が多いと言われる。先日のインタビューの際にもクリスマスに宗教的理由で戦闘をやめる武装勢力を狙って毎年国軍が空爆を行っている旨の証言を得た(実際にキリスト教徒が多いカレン州やカヤー州での21年同時期の空爆は日本語でも報道されている)。

カチン州(赤枠)は中国と国境を接する(©Google Map

近年のASEANは中国への対抗のための同盟という色彩を帯びていると言われる。それを妄想の前提として、もしASEAN特別首脳会談でも以前同様実質的な成果も指針を出せず(これまでの経緯を見ればその可能性が残念ながら非常に大きい)、その直後のクリスマスの時期に国軍が 22年10月にカチン独立機構(KIO)の創設記念音楽イベント会場を爆撃したときのように多くの一般市民が虐殺されたらどうなるだろう? そしてそこに中国が颯爽と現れ、例えばいまもミャンマー国連大使の地位を持つチョーモートゥン(民主派政権による任命後クーデターを経てもその座にとどまる)の要請に応じて、「人道的見地」から例えば解放軍主導の国連多国籍部隊による平和維持活動を国際社会に要請したら? 中国が嫌うASEANは更にメンツをなくし、「国際社会におけるリーダー」中国の名声はさらに高まる…と考えることは十分可能、かもしれないということだ。こうした行動でじゃまになりがちな拒否権持ちのロシアを、今の中国は黙らせる力を持っている。ロシアにとってもミャンマーは武器の売却先のひとつでしかなく、譲れる範疇だろう。変な話だが、その意味でいまや中国は欧米よりも国連を機能させられる可能性がある。ウクライナにせよパレスチナにせよ世界中で火の手が上がる今、欧米にとってミャンマーはトップティアの関心事ではない。しゃしゃり出てきた中国が勝手におままごとを始めて失敗したところで特段自分たちの痛手にはならないし、そもそも手も回っていない。一回くらいやらせてみても、と思ったとしても不思議ではない。どうせスーチーは実質的にもういないのだ。

中国主導による国軍支配下ミャンマーへの直接軍事介入は少し飛躍しすぎ、と思われるかもしれない。そこまではなかったとしても、そうした事件を口実に中国が一気にNUGを正式な国家としてのミャンマーの代表者として承認し(現在はトルコと東ティモールのみが承認のはず)国軍との交流を放棄する、といった方向性も考えられる。「中国当局者とNUG関係者(あるいはNUG/PDFと近い武装勢力のトップ)が面会」といったアドバルーン的報道が中国側から流れた場合、このシナリオの本格化のシグナルとみなせる。

最近の情勢変化の速度を考えると起こるとすればこうした行動もまた、そこまで時期を隔てずに起こる可能性が高い。また24年は年末にアメリカでどちらが勝つか分からない(が、その結果によって外交姿勢が大きく変わる可能性がある)大統領選が控えており、もし大胆な行動に出るとしたらそれよりできるだけ前に済ませておきたいのが人情というものだろう。もし中国が上記のような正論を振りかざして協調介入を主張した場合、総選挙前にナーバスになっているバイデン政権は(意図が見えていたとしても)拒絶することができるのか? あやしいところだ。

様々な報道にあるように、そして私自身も感じているように、現時点でのミャンマーは国軍を打倒した後の国としてのグランドデザインを持てていない。むしろ現実的に国軍は(いい意味でも悪い意味でも)まがりなりにもひとつの国としての姿を保つために必須の存在だったわけで、スーチーに頼ることもできない今、実質的な「核心」となる人や考え方がない。しかし中国が後ろ盾となって資金面でも外交や内政面でも人材を送り込むなどし、暴力をちらつかせてひとつの考え方に従わせられればそれが望ましいことはさておき国としてのていを成させることは可能だろう。採掘コストのほどはわからないが、ミャンマーは豊富な地下資源を持つという。中国とてそれらに乏しい国ではないが、今後欧米との更なるデカップリングが進み孤立の道を歩むのであれば、資源はいくらあっても余分だということにはなるまい。もしこのように実質的な支配権を確立できれば、あとはお決まりの中国輸出入銀行と国営インフラ企業のセットを引き込んでこれらの資源を収奪することができる。

ニューズウィーク誌によれば、米国平和研究所は「(略)今後、異なる民族の寄せ集めである抵抗勢力の団結や協調が崩れた場合、中国はミャンマーよりも中国の国益のために、ある勢力を別の勢力と戦わせるような工作を行う危険がある」というレポートを出しているとのこと(すみません原レポート本文未読です)。冒頭で書いたように、基本的に中国は領土的野心というよりはパイプライン周辺の安定を求めているだけに見える。そんな中国にとって「ある勢力を別の勢力と戦わせる」ことがどのような利点があるのかはよくわからないのもたしかだ。だがまず中国の外圧によって親中だが民主派主導の政権運営を試み、それが失敗して中国が統治の後ろ盾機能を放棄した後、ということであれば特に反中的な勢力に打撃をあたえるために親中的な勢力を動員してぶつける、といったことは考えられるかもしれない。

ただしこの新しく大胆な戦略の実行のためには、中国はかなり多くの外交リソースを割く必要がある(それでもやりきれるのかは謎だが)。売国不倫野郎(ひどい)の尻拭いで多忙すぎて健康状態が不安そうな王毅の時間をどこまで取れるのかということもあるし、世界中で同時多発的に大事件が起こり続けている今、たとえ長期的に自国の利益になるとしてもわざわざ自分から面倒なことに手を突っ込む余裕があるのかもわからない。

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悲観的すぎる見方かもしれないが、万が一こうした試みが成功した場合(24年選挙でトランプが万が一勝利した場合は特に)、欧米は「アジアのことは中国に任せておけば良い」と判断することを個人的に危惧している。それは中国の台湾に対する自信を深めさせることになるだろうし、ただでさえコントロール不可能なインドをさらに対中国のための必要悪として増長させ、地域を不安定化させる要因になりかねない。老人国家である欧米(と日本)には、殴り合う血気盛んな若者たちを腕尽くで止める体力は最早ない。

冒頭に書いたように、今回の仮説は公開情報を主観的に重み付けして時系列のシナリオのようなものにしたものだが、高い可能性でこの通りに進むと言い切れる根拠は残念ながらない。しかしどのような物事もそうだが、ある程度の見立てを持った状態であれば、それを現実に起こる雑多なイベントに応じて修正していくことで素早いキャッチアップができる。上記がその助けになるほどの解像度であればよい、と思うのだが。