19年最後の週末、日経に「吉本興業、中国国有大手と提携 大阪万博にらみ」読売に「吉本興業、中国で「お笑い広める」…国営放送局と番組制作へ」という記事が掲載された。ただ吉本も中国側も正式にリリースを出しておらず、しかも同じタイミングなのに書かれている内容が違い、その上書き方もちょっとわかりにくい。

加えて日本は既に年末年始の休暇に入っており、メディア側が追いかけて続報を出すにしても恐らく時間がかかる事が予想される。しかし内容自体は日本の老舗エンタメ企業の海外進出という意味で興味深いので、その背景とあわせて情報を整理して紹介したい。

…という書き出しでこの記事を翌日には出すつもりだったが、思ったより書くべき内容が多かったせいで遅くなってしまった上に分量も増えたので2回に分けて投稿する。今回は提携先についての謎解き、そして次回は吉本の中国進出の歴史について、になる予定だ。

・・・・

記事を読むと読売新聞では「中国中央テレビなど三つの国営放送局」、日経新聞では「対外文化集団」、との提携となっている。まず前提としてこれはある期間内に二件の提携が決まっただけで、案件同士は恐らく相互に直接の関係はない。それぞれどのような組織か解説していく。

「三つの国営放送局」は実質ひとつ

パッとこの文言を見るとバラバラな3つのテレビ局、名前の挙がっているCCTVとあと他の2局と何かを締結したのかな?と思ってしまうと思う。しかし恐らくそれは外している。吉本の社外取締役である中村伊知哉氏のtwitter上の投稿に中央广播电视总台(CMG)が写り込み、「(CCTVではなく)China Media Groupに会いに来ている」と書いているのを見てほしい(ちなみに氏は提携内容について細かくNewspicksに投稿していたが、翌日には消えていた。何が不都合だったのだろう…)。

CMGはバラバラだったテレビ局の中央电视台(CCTV)とラジオ局である中央人民广播电台(CNR)、中国国际广播电台(CRI)3つの放送局を18年に束ねて作られた組織だ(CNRは国内、CRIは国外向け)。北京市内に「国営の」放送局が他に2つもない事も併せて(例えば北京广播电视台は北京市の直轄単位なので「国」営ではない)、恐らく事実は「CMGと包括提携する事で、そこにぶら下がっているテレビ局&ラジオ局あわせて3つの局と提携関係になった」という事なのだろう。記事内であげられている番組構想の例がいずれも(多分)テレビ番組な事もあってミスリーディングとは感じるが、書かれている事自体は間違いではない。

この3つの放送局の統合は知る限り現時点では発行形式の垣根を超えた融合にまで踏み込んではおらず、基本的には別々の組織である(ように少なくとも外部からは見える)。同じホールディングスの傘の下に収まったと考えるとわかりやすいかもしれない。しかし中国にありがちな形式として対外的な交渉の窓口はこの場合で言えばCMGが担い、一定以上の規模の提携は(たとえ実際はCCTVとしか提携する事がないとしても)CMGの名義を使っている、といった事が想像される。

・・・・

第一弾として紹介されている番組構想についてもこれだけではヒントが少ないが、思いつくまま書いてみよう。それぞれ日本での放送を想定しているようで、逆にこの書き方ではほぼ中国向け放送は眼中にない。成功したら考える、といった程度だろう。

日中両国の男性で構成するアイドルグループの結成を目指すオーディション番組」に関しては、昨年日本でも放送された「PRODUCE 101」を思わせる。吉本は日本版の製作を行っており、この件で韓国の権利元であるCJ ENMと提携している。すでに一定程度以上のノウハウを持っているはずなので、Produceの名前を使うにしろ使わないにしろ、同じ形式の番組であれば作りやすいのだろう(中国でもこの番組は大人気だったので、中国側にも話が通しやすい事は想像できる)

もうひとつの「両国の企業が紹介された相手国企業のうちから提携先を選ぶ「お見合い」番組」については…もっとわからない。名前に引っ張られて非诚勿扰のような男女のお見合い番組を日本でもやるのではないか、といった予測も見た気がするが、そもそも非诚勿扰はCCTVの番組ではないし、そういう話でもない(ちなみにCCTVにも一応「乡约」という農業農村チャンネルで放送されるお見合い番組がある…らしい)。こちらは逆に中国国内でのロケも多いだろうし、CCTVがバックについていれば相手探しから取材のコーディネイトまでばっちりだろう。

本編と関係ないが、CCTV農業チャンネルのお見合い番組「乡约」

名前は平凡な対外文化集団の「輸出」と「輸入」

中国では、「普通の名前の会社こそヤバい」というのが定説だ(日本でもその傾向はあるが)。最も多いのが「中国+業種」というネーミング、例えば中国銀行や中国石油、中国建築など、こうした名称は「央企(中央の企業)」といわれる最上級の国有企業で、その多くは国務院(日本で言う内閣府)が直接所有する。今回もう一つ発表された提携相手である対外文化集団もまたそのひとつだ。

中国において政府の背景を持つ文化・エンタメ系企業には大きくふたつの流れがある。ひとつは保利(Poly)というグループで鄧小平の三女の婿、賀平が名誉董事長を務め共産党のトップの視察なども多い相当特殊な企業。元々は保利科技有限公司とよばれ、設立に中央軍事委員会が絡んだいわゆる国営の軍需企業…にも関わらず、理由は不明だが幅広い事業の中で特に文化芸術事業にも熱心で、全国に自社所有の劇場を持つ。

そしてもうひとつが今回登場する対外文化集団。持ち株の関係から見ると国務院所管ではあるものの実質的には文化部(文化・芸術系の所轄官庁)の下部機関、もしくは一部とさえ言われる。簡単な組織図を下記に記したようにパフォーミングアーツ(ライブやミュージカル)では「中国对外演出有限公司(中演)」と展覧会やイベントでは「中国对外展览有限公司(中展)」がその内容によって主要な役割を果たす。

アートやカルチャーは例えばITや鉄鋼、農業などと比べれば比較的規模が小さくあまり表にもでないので注目される事は少ないが、「唯一のグローバルなパフォーマンスやエキシビション業務を行う事ができる文化系中央企業」と自称するように、政治系から民間のイベントに至るまで域内のカバー範囲は広い。特に政治体制が違うこの国においてはこうしたパフォーマンスは単なる娯楽ではなく時には政治を支える重要な一部分になり得る。

最初に出てきた保利とこの対外文化集団はどちらも星の数ほどある政府系企業の中でも主流中の主流だが、文化部直系の対外文化集団は軍系の流れをくむ保利よりは比較的裁量と自由が大きいと業界関係者は語る。矛盾するようだが対外文化集団のほうがその出自もあって政策と連動したようなプロジェクトは多い。その意味でも、吉本の提携相手としては非常に妥当性がある選択だと言える。

ミュージカル「マルコポーロ」のポスター

いかにもその「政治との寄り添い」感が出ているプロジェクトの例が、一帯一路の側面支援として、16年に米国、フランス、ロシアなどから56の組織を集めて「シルクロード国際劇場連盟」を設立した事だろう。この連盟の加盟劇場でミュージカル「マルコポーロ」を共同制作したりオーケストラを結成するなど活発に活動し、現在では42か国、124団体が加盟するまでに成長している。他にも政治関係の大型イベントとして、14年11月の北京APECサミットのウェルカムディナーのパフォーマンスなども取り仕切っている。

他にも最近でいえば、12月初旬からニューヨークで52日間にわたる”Hello Panda festival”という日数から考えるとかなり早い春節へのカウントダウンイベントを行っている。気の抜ける名前だが、800万USD≒8億円もの費用をかけているというれっきとした大型イベントだ。

・・・・

文化集団が手掛けた輸入公演。左から蝶々夫人、椿姫、カルメン。

こうした中国文化や価値観の「輸出」だけではなく、外国文化の「輸入」も行われている。こちらの例として挙げられるのはキャッツやマンマ・ミーアなどのミュージカルの中文版の製作・上演だろう。関係者に話を聞いた。

「文化集団は、直営や加盟劇場を全国に数多く持っている。また中国内での権利をまとめて押さえてしまえば、当然それ以外に再販する事もできる。だから他社では提示できないような公演の回数を確約する事ができる。結果として海外からコンテンツを買い付ける際に非常に強い交渉力を持つことになる。
例えば通常であれば1公演の定価が100だとすると、彼らの提示はいつも30や40。それでもまとまった公演数、例えば50公演と保証されているとなれば興行主側もその価格を受け入れやすいし、地方の興行主などにとっても、単独交渉では獲得できない条件でコンテンツを仕入れる事ができてwin-to-winだ。また国営企業でありそこまで収益を追い求めるわけでもないので、採算ラインへの感覚が根本的に違う民間企業とはあまり競合関係にならない」

輸出であれ輸入であれコンテンツ取引の対外窓口になるというこの会社の役割を、公式サイトに掲げられている「中国を世界の舞台に、世界を中国の舞台に」というスローガンはよく表しているように思う。

・・・・

本題に戻ると、この文化集団と吉本が手を組んで何をやるのか。吉本が自社の地元の大イベントである大阪万博を盛り上げたいのは報道の通りその通りなのだろうが、文化集団と組んで具体的に変わるかというと、想像が難しい。せいぜい吉本の日本国内での影響力を使って中国パビリオンに首相を含む政治家やタレントを呼び込み、箔をつけると言った程度ではないだろうか。中国側の豪華な来賓が万博を訪れた所で、吉本が期待するような経済効果にはつながりにくいだろうし。

中国内での活動を考えても、大仕掛けを考えるのは難しい。例えば「中日友好ミュージカル」のような興行を実施する事自体はできるだろう。しかし例えば国交樹立100年といった節目の年ならともかく、首脳の往来だけといえばだけのためにそこまでやる事には正直違和感がある。また、吉本の苦しい所は看板タレントの内、中国で名前が売れているタレントが少ない事だ。しゃべりを核にしている芸人が多い事が言葉の壁を超える事を難しくしている面がある事は否めない(逆の例として例えば2020年日中文化スポーツ交流推進年の親善大使に嵐が起用された事を思い出してほしい)。

ただ今回のふたつの案件は実際のビジネスの成果を求めているというより、日中友好ムードを演出するためのもので「発表することに意義がある」色彩が濃いように思える。あまり細かい事を気にしてはいけないのかもしれない。

吉本の中国進出の歴史を断片的な記録から整理し振り返る中篇はこちらからどうぞ