吉本興業が19年末に中国方面で大型の提携を発表した話は書いているうちに広がりに広がり、3本の記事になった。

前篇:吉本興業が発表した中国での提携相手についての解説

中篇:吉本興業・中国進出の歴史

後篇:吉本とCMCの作る学校をめぐるプレイヤーたちの複雑なゲーム

本当に時間がある時にお読みいただければ幸いだ。

それから1年が経った20年の年末、また吉本と中国企業との提携が発表された。しかもまた複数のしかも若干似たような案件が同時に(特にお互いに配慮することなく)発表されている。恥ずかしい話だが、いまさら気づいた上実は途中までひとつの話だと思い込んでいた。今回はその話…だが、以前の記事ほどは長くならない(はずだ)。

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まず12月11日に発表されたひとつめの提携についての吉本のプレスリリースがこちら(中国「上海文広演芸集団有限公司」との包括業務連携協定締結のご報告)。これは吉本とずっと提携関係にあるSMG(上海文广の英語名がSMG、リリース中ではSMG Liveと表記されている)との包括業務連携ということで、協力してコンテンツ制作を行うということが中心だが、市内のSMG所有の劇場に出資し共同運営するというのがちょっと新しいというか珍しい。そんなこともあって日経新聞では「吉本興業、中国で笑い発信 劇場運営で上海文広と提携」という見出しで記事になっていたりする。

ちなみに共同運営するとされた蘭心大戯院は上海の中心部にある劇場で、すぐちかくに外国人(日本人含む)御用達なのに地元の人にも愛されている湖南料理屋「滴水洞」がある(西洋人観光客とお姉ちゃんつれた垢ぬけない日本人のおっさんと普通の近所の人が隣り合ってご飯を食べているのは面白いが、まあこの記事のメインではない)。

本文と全く関係ないが、滴水洞の店内(2016)。観光客向けとバカにするなかれ、うまいぞ。

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このSMGとの提携自体は普通のものだ。しかし変なのはその2週間後に発表されたもうひとつの違う相手との提携。12月25日に北京で(上のSMGは上海)調印式イベントが行われており、翌26日に報道が出ている。例えば「吉本興業と中国企業がタッグ 文化の発信施設建設へ(テレビ朝日)」「中日が芸術プロジェクト「東苑戯楼」で調印 北京で初公演(CGTN)」「北京の劇場、吉本興業と協力 文化交流を促進(サンスポ)」といったもの。こちらに関してはプレスリリースは出ていないようだ。

最初のテレ朝の記事は「日本の吉本興業と中国の企業が中国文化を発信する施設を日本国内に建設することで合意し、調印式を行いました」とはじまる。ただこれは日本向けに報道するためにイベントの一部だけを無理やりくりぬいたような文章だ。

CGTNの記事が一番ちゃんと正確に(?)書かれており、これは正確には「東苑戯楼」という実在の場所をテーマにした?プロジェクトの調印式だ。各国で行われる予定のプロジェクトのひとつ、日本のカウンターパートとして吉本が選ばれ、日本での施策として文化施設をつくる…ということになっている模様。

ただしサンスポ記事で「プロジェクトの内容は固まっていない」と言っちゃってるあたり、吉本は断れない相手に直前に呼ばれて「ちょっと付き合ってよ」といわれているだけの気がする(リリースが出ていないのもそんなことが理由ではないだろうか)。とはいえ、サンスポが中国側のコメントを直接取れるはずもなく、吉本の広報はこんなこと言わないだろう。もやもやは残る。またそもそもの問題として、東苑戯楼というプロジェクトの中身がまったくわからない。

AFPが撮っている写真が象徴的だ。銅鑼を打っているのは駐中国英国大使のカロリン・エリザベス・ウィルソン(中国語が話せるから彼女には中国名があり、それが記事キャプションに出てくる「呉若蘭」)。東苑戯楼という名前はサブタイトル?として小さく下に書かれているのみで、「一带一路」「千手観音」が大きい。中国の文化プロジェクトの輸出…はいいとしても、当事者国でもなんでもない英国の代表が壇上で目立っているのは、どういう「調整」の結果なのだろうか(吉本側代表者が中国におらず、仕方なくそこら辺にいた格の高そうな人を選んだという事なのだと思うが)。

調印の様子のようだが、なぜ駐中国英国大使が銅鑼を打っているのか…?

一番謎なのは、このプロジェクトの座組だ。主体になっているのは中丝集团というシルク業者と、华戏という文化関係の会社。後者は元々红星美凯龙という家具屋が不動産バブルに乗って膨張した会社が大株主だったようだが(红星美凯龙は今年3月に华戏の株主ではなくなっている。またここ最近経営危機が盛んに叫ばれている模様)資本金もあまり大きくなく、こうした国家級のプロジェクトの尖兵としては相当物足りない。一带一路を掲げているので、シルクつながりということなのだろうか…ダジャレでもあるまいし。

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さて、これだけだとなんだかよくわからない。しかし手元にいくつか情報の断片があるので、それを使って妄想で補助線が引けたことにしてみよう(妄想であり、本当にそうなのかはわからない…念のため)。

まず上記の記事を見ると「千手観音」が上演されている。これは中国障害者芸術団(中国残疾人艺术团)という団体の持ち芸(ちなみに何度か来日も果たしている)だ。20周年と書かれているように、こうした団体にしてはかなり歴史がある。しかし今回の「プロジェクト」とは何も関係がないはずで、唐突な印象だ。

実はこの団体の名誉団長は邓朴方、鄧小平の息子で文革期に紅衛兵によって厳しい「取り調べ」によりビルから転落、下半身不随になった人物だったりする。これが知られていないことのひとつ。

一方本件の主催者である中丝集团は2019年に保利集团(Poly)という会社の100%子会社になった。保利については冒頭紹介した記事の前編で少し触れたが、北京で文化系といって出てくるふたつの超大手のひとつだ(もうひとつが19年に吉本と提携した文化部直系の対外文化集団)。そしてこの保利の名誉董事長は鄧小平の三女の婿、賀平なのだ。つまり、この千手観音と中丝集团は間接的に鄧家でつながっているということになる(ただし邓朴方にせよ賀平にせよ、すでにかなりのお年のはず。おそらく直接何かを判断することもないだろう)。

今回のプロジェクトはなんだかとってつけた(実現性皆無な)感じが非常にぷんぷんする割には日本の垂大使や英国大使も参加しているなど、それなりのゲストをそろえたようだ。細部の適当さとあわせて、非常に古式ゆかしき政治案件に見える。保利との関係は兎も角他社に買収されちゃうような企業(中丝集团)が勝手に他国の大使まで呼んで大風呂敷を広げたとも考えづらく、その親会社の上からの指令が下りてきて…ということだとするとつじつまはあう(それにしても…という感じはするが)。

吉本も、もし保利のしかるべき地位の人に頭を下げられたら喜んで出るだろう、という気はする。実績はよくわからないにせよ対外文化集団とは提携できたわけだから、もう片方とも(バランスを損なわない範囲で)仲良くしたい…という気持ちはわからなくもない。結果的に形にならなくても、別に懐が痛むわけでもない。

中国のこの手の提携話は、往々にしてサインすることははじまりにしか過ぎない。そしてこうしたエンタメ案件は、頻繁に途中で頓挫する。今回の発表はどこまで意味があるものなのかは、ここから具体的な成果がどれだけ生まれるかで判断しても遅くない気はする。というか、誰かこの辺りの真相を教えてほしい。単なる興味だが。