やたらと長い記事になったが、これがようやく最後になる。前回までを未読の方は以下から読んでいただきたい。

前篇:吉本興業が発表した中国での提携相手についての解説

中篇:吉本興業・中国進出の歴史

まとめるなら前篇は現在、中篇は歴史、そしてこの後篇は現在の背景から読む未来…といった感じだろうか。

キーパーソン吕辰晔とSMG

前述のように現在吉本興業は上海に2社の投資先を持つ。まず35%出資する游希梦托文化は(社名は「游(よ)希(し)梦(も)托(と)」と音当て、以下”吉本上海”と表記)について。この会社は19年1月に登記されており比較的新しい。後述するもう一方の会社の特性からしても、もしどちらかを受け皿にするとしたらこの会社である可能性が強いので先に紹介する。

この吉本上海(という名前のわりに吉本興業が過半数を持っているわけではないが)の残り65%の株を持つ会社が上海弘韵文化传播有限公司で、この会社は10年7月にSMGとの合弁によってつくられた上海吉本文化伝播有限公司(以下吉本文化)の株主でもあったという所で、実は過去ともつながる。以下見慣れない中国の会社名がたくさん出てきて混乱すると思うので、関係を下図にまとめた。別窓ででも開いて、参照しながら読み進めてほしい。

この弘韵文化の執行董事であり法定代表人でもある吕辰晔という人物が、前述した「キーパーソン」だ。単純な資本関係においてこの人物はCMCともSMGとも関係ないが、実はこの15年間の吉本とSMGの関係に深く関わっている可能性が高い。

もう一社この絵図に欠かせない会社を紹介する。それが上海日欣文化伝媒有限公司(日本名:ルーセント上海)という会社だ。この会社の二位株主は呂胜德という人物で、吕辰晔と苗字が同じなのは…偶然か血縁かは不明だが、様々な会社の登記で名前を並べる仲だ。そしてこの会社こそが、吉本とSMGとの初めての提携の産物である番組「東京印象」を放送する「SiTV生活时尚频道」の現在の運営会社である。呂胜德は23.04%しか株を持たないものの、社名のルーセントが呂胜德(Lu Sheng De)の名前の音から来ていることからも、実質的な経営者である可能性が非常に強いと言っていいだろう。また同時にこの会社の総経理として吕辰晔の名前が登場する。

ゴシップであり傍証にしか過ぎないが、13年に吕辰晔の妻(東京印象のアナウンサー、これが原因で離婚?)と別の番組のアナウンサーの浮気相手が微博上で喧嘩になった際、一部で3年前から結婚関係にあったと書かれていたのを見た。番組制作には2010年より前から関わっている事が想像される。少なくとも今は亡き「吉本文化」が東京印象に関わっていた早い時期からこの座組の中にいたのだろう。

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報道から2010年「吉本文化」は当初計画ではSMG55%、吉本興業45%の出資で設立されたはずだが、ここで「SMG」と書かれているのが弘韵文化の事を指すのか、それともSMGやその直系の会社が他にも株主であったのかは手元資料では判断できない。ただし、この提携の発表には吉本側から大崎社長(当時)と共にSMGからは副総裁が参加していることから、もし当初から弘韵文化が株主であったとしてもそれをSMGの一部であると認識しているとはいっても差し支えないだろう。

吉本興業の大崎洋社長(右)と上海メディアグループの滕俊傑副総裁(2010/7)

弘韵文化が退出する直前の14年の年度報告を見ると持ち株比率は弘韵文化40%、吉本興業40%、もう一社吉本興業が退出した後も株を持ち続け100%株主になった会社が10%という構成であり、お互い主導権を一方的に握られたくない場合に採られがちな株主構成であることから最初からこうだったのではないかと個人的には思うのだが。

中篇の最後でも「SMG系と思われる人物」と書いた吕辰晔は吉本上海の大株主である弘韵文化の50%株主であり、15年まで吉本文化の董事長も務めていた。そして弘韵文化はSMG系で放送されていた東京印象(これも吉本が関与している可能性が高い)という番組を少なくとも途中から制作しており、そもそも設立時に対外的にはSMGを名乗っている可能性がある…いずれも直接的な証拠とはならないが、吕辰晔がSMG側の代理人であるという推定はそこまで飛躍していないと思うのだが。

出資意図がよくわからないもう一つの投資先

吕辰晔は同時に吉本のもうひとつの出資先である淘最霓虹(「霓虹」は本来ネオンの意味で、音から「日本」の当て字としてよく使われる)の45.56%を持ち筆頭株主、副董事長として参画している。別項で説明するが吕辰晔は間接的にもう5%ほど保有しており、過半数を握っている。

これがどのような会社なのか紹介する。会社紹介を見るとJTBグループとの提携でBest Nihonというプラットフォームを運営する事が目的とされており、実際にJTBもその提携を17年5月に発表している。吉本の出資比率は4.9%と低く、会社としての登記上の属性も「网络科技」つまりIT開発・運営だ。これがそもそもの本筋であるCMCと吉本提携の受け皿としてもう片方のほうが可能性が高いと書いた根拠になる。

JTBと中国のテレビ局(=ルーセント上海)との提携を伝える当時の記事

淘最霓虹は吉本上海に比べ株主が多いのだが、実は吉本が参画したのもつい最近、19年5月末だ。筆頭株主の吕辰晔自身が参加したのも18年11月と比較的最近(上記の発表が17年5月である事と符合しないので、当初は総経理として入って主要株主として参加したという事…なのかもしれない。またこれも後述のように別名義では元々少数株主として関与していたし、詳細は省くが汪曼と李翔という吕参画前の経営陣とも別の事業では共同で株主を務めていたりするので元々関係していた)。吉本がこの座組に参加した意図はよくわからないがその後に自分が関係する別の会社を引っ張り込んでいる事からも、単なるお付き合いというわけではなさそうだ。この会社の不思議な点は吉本興業とは直接は関係しないが、周辺の人物とは関係してくる。

JTBがケイマン法人を経由して出資する会社とその実質支配者

JTBは淘最霓虹について「今年(17年)2月に設立され出資比率10%」と述べているが、登記上は16年12月に設立されている。また以下に説明するように、少なくとも現在の持ち分は10%もない。

現時点で淘最霓虹の7.42%を保有する上海游兴企业管理咨询有限公司の100%株主がJTBの関連会社といえなくもないLucent JTB Media Co., Limitedという香港の法人だ(逆にJTBの中国法人である佳天美の名前は見られない)。このLucentJTBの香港側の登記を確認するとShanghai Life and Fashion Channel Holdingsというケイマン籍の会社が2/3、日本のJTBが1/3を出資している(また会社名がごちゃごちゃしてきたが、これも下に図を作っている)。

香港法人Lucent JTBの登記の一部

つまりこの香港法人においてもJTBはマジョリティではなく支配権を持たない。董事を見ても、吕辰晔氏と新山氏(さらに余談になるので触れないが、新山氏は元Avexでありレコチョクであり…有名な人物ではある)、Koichi Tamate氏という日本人の3人だ(この3人は100%子会社であり淘最霓虹の株を所有する游兴企业管理の董事でもある)。2人をルーセント側として、出資比率から残りのTamate氏がJTB側である可能性もあるが、登記されている現住所は日本国内の個人宅で、少なくともJTBのサイト上の役員/執行役員にはその名前は見当たらない。

このケイマンの社名を中国語訳すると上海生活时尚频道、これは前述の吉本上海の章に出てきたルーセント上海が運営する「SiTV生活时尚频道」という番組と一致する事から、恐らくルーセント上海資本だろう。つまり二人の呂が所有するルーセント上海は恐らくケイマン法人を通じてLucent JTBを実質的に支配している。であれば吕辰晔が直接保有する45.56%とあわせれば過半数を持っていることにもなる。

この淘最霓虹をめぐる出資関係についても(できるだけ)シンプルな相関図を用意した。これも別窓推奨だ。

少額出資するMCIPと背後にいるクールジャパンの意図は?

株主リストを見て目を引くのが、19年8月から1.55%(10.42万元≒160万円)だけ出資する「株式会社MCIPホールディングス」という日本企業だ。面白い会社ではあるものの、一般的な知名度は高くないと思われるので補足する。

MCIPはいわゆる国策企業の末端にいると言っていいだろう(日本の話だ!)。この会社は社長の清水氏がインタビューで述べているように「吉本興業とクールジャパン(CJ)機構が中心になって」14年に作られた会社で、CJ機構は当時半額の10億円を投じている(CJ機構は言わずもがな、経済産業省主体で流行に乗って作られた「官民ファンド」だ)。そのほかに、実は本稿の本筋のひとつであるCMCと吉本が共同で作る学校に関するプレスリリースでも顔を出す滋慶学園もまた、MCIPの出資者である。

MCIPの主戦場は東南アジアであり、中国専門ではない。ただし吉本とCMCとの提携はそもそも「第三国=アジアへの」エンタメの発信だったことを考えると、MCIP本来の事業目的とも一致するとはいえるだろう。

MCIPへの出資会社(公式サイトより)

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このMCIP社長清水氏の立ち位置について補足しておこう。実は中篇の扉に使った画像は、19年4月に吉本とCMCが学校設立の発表を行った際の写真だった。あれ、このおじさん…?

キャプションを見ると左側が「吉本興業株式会社海外戦略部長清水英明」とされている(右側が日本ではCMC副総裁ホイ・ツー・トーマス氏と紹介されていた人物で、中国名许涛。おそらく在外の華南系華僑)。

次に吉本HDのウェブサイトの役員一覧を見ると、実際に副社長としてこの清水氏が記載されている。このページにはMCIPも子会社として記載されており、当然清水氏の名前もある。民間では最大出資である吉本が社長を送り込む事自体は不思議ではないが、CJ機構のサイトに掲載されているMCIP社長としての清水氏のプロフィールには吉本の副社長である事はまったく触れられていない。

プロフィールには彼が吉本の副社長である事は読み取れない

利益相反とかそういった話ではないし、何を書くか、書かないかは当事者の裁量であるといわれればその通りなのだが…まあ、要するにMCIPと吉本の意思決定者はひとりの人物であるという事だ。

結局学校の運営会社はこの二社の現有法人をいじって作るのか、新しく作るのかは定かではない。しかし非常に遠回りになったが、ようやくここで日本側の吉本興業と別動隊の国策企業のMCIP(及び滋慶学園)、中国側のファンドCMC、それと関係の深い国営メディアグループSMGとその実働部隊としての吕辰晔というプレイヤーが実は上海にそろっているという事がわかった…とはいえるだろう。

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吉本は安倍首相がグランド花月に出演するほどに政権と親密と言われ、他にも他にも外務省、ODA絡みなどのPRに協力するなどで18年には河野太郎外相(当時)から感謝状を手渡されているなど、特に政府の対外発信において名前を聞く機会が多いように感じる(昨今京都市にまつわるステマ疑惑などもあったし、勿論それだけではないのだが)。

それをあしざまに言う人も見かけるが、個人的にはビジネスの判断として政権に近づく事が一概に悪い事だとは思わない。通常の取引と同じで何かを得るには対価を払わなければならないという、ただそれだけの事だ。吉本は政府広報に協力し、こうした日中友好のムード醸成にも協力する…その対価が何であるかは知らないが。
たかだか160万円しか出資していないMCIPの件をショーアップして「アベ政権と親密な吉本が政府の金を」等という気もないが、こうしてプレイヤーを並べてみると、元々安倍訪中の手土産としてはじまったこの仕掛けは、それなりに政治色の濃いものであることがわかる。今後のMCIPの関与度合いによってはCJ機構ひいては日本国が裏書きをしているという見え方にもなってくるだろう。そうなるとちょっとだけ面白いかもしれない等とやじ馬としては思ってしまうのだが…楽しみに続報を待とうと思う。

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なお繰り返しになるが本稿は公開情報と外部からの推定に基づいて書かれたコタツ記事であり、実態を知ってみたら全く的外れといった事は十分あり得る。それはそれで面白いので、ご指摘を頂けるようだったらありがたい。