10月9日、Buzzfeed Japanの千葉 雄登 記者が書いた「NHKが報じなかったポンペオ国務長官のある発言。少数民族に対する迫害、なぜ明言を避けた?」という記事が少し界隈で話題になっていた。簡単に書けば、「ポンペオがインタビューの中で語った少数民族への迫害をNHKは故意に記事の中に盛り込まなかった」という主張だ。そんなわけあるまいと思い確認してみたがやっぱりそんなことはなかった僕の数時間を返せ、というのが本記事の内容になる。

NHKは日本国の報道機関であり中国に忖度してこんな小細工をする意味はないはずだ。しかし中国のプロパガンダ機関であるCCTVの支局を敷地内に置かせていることを考えても、既に北京からの秘密資金の注入でNHKは中共の犬になり下がった可能性も否めない。ポンペオ国務長官は中共の息がかかったプロパガンダ機関の独占インタビューをうっかり受けてしまったのか…(ご存知でない方のためにつまらない補足をするとCCTVの支局は既にNHK内にはないし、そもそも支局を置いていたのも別に政治的な理由ではない)。

原文を読めばわかるでしょ

アメリカを対象にこうした作業を行う時、情報がすべてガラス張りになっている恩恵を非常に感じる。米国務省のウェブサイトに「Secretary Michael R. Pompeo with Yoshio Arima of NHK」というタイトルで当日インタビューの全文が掲載されているので、それを見ればいいだけだ。そしてNHKの記事は「ポンペイオ長官 訪日のねらいは… インタビューで何を語ったか」。これを比較すればいい。英語読むのだるいよう、ということであれば国務省による全文はGoogle様に翻訳していただいたもの(こちらから飛べる)を読んでください。

NHKの記事内にある言葉を原文議事録で拾ってハイライトしている。灰色は質問。⑨と⑩は元の発言の順番に合わせて入れ替えている(⑩→⑨で話した内容をNHKは⑨→⑩として記事化)。結論から言って当該部分は不自然でも何でもない。しかし逆に他にも「取り上げられなかったこと」があるのがちょっと面白い。個別に検証する。

問題とされた部分は表現をそろえただけ

Buzzfeedが問題だと言っているのは図中の⑨だ。原文は

繰り返しだが、黄色ハイライト部分はNHKの記事にある要素。それ以外が「NHKが報じなかった」部分になる。日本語にそろえてた上で何が訳され、何が「報じられなかった」か比較してみよう。灰色にしているのが違いだ。

要するに話す側が地名だけを言っていたりその事情に触れていたりときちんとレイヤーをそろえて話しておらず、文字にするとわかりにくいので地名以外の情報をばっさりと落とした、というだけだ(ちなみに白状するとカンボジアの件は若干曖昧な表現であり、訳に若干自信がない。おそらく南シナ海の領有問題で中国とフィリピンが揉めていた16年の件でカンボジアのフン・セン首相が中国寄りの発言をしたことを「(本来の意見ではないのに)中国の圧力により無理やり味方させられた」と解釈して話しているものと理解した)。

原稿なしで話した内容の書き起こしではしばしばこうしたことが起こる。

訪日に合わせてセッティングされた今回のインタビューのテーマは日米関係全体を俯瞰したもので、中国の少数民族問題弾圧に関する意見を聞くためにセットされたわけではないことは誰でもわかる。だからポンペオ側も殊更長く詳細には話していない。それを聞きたければまた別の機会に別の時間をとって聞けば、多分彼は喜んでいくらでも話してくれるだろう(国務省がその時間を割り当ててくれるかは知らないが)。

事実としてこの分量だけしか話さなかったことを「ポンペオ長官がNHKのインタビューの中で語っていたのは、こうした中国国内で起きている少数民族に対する迫害だ。だが、NHKはこの点について明言を避けた。」「中国政府が一部の少数民族に対して行っている迫害について結果的に言及を避けたことに疑問の声が上がった。」とあたかも「少数民族迫害に関して多く語られたがNHKは故意にそれを記事から落とした」かのようにまとめるのはどう考えてもやりすぎだろう。自分の願望や意見をもつのは勝手にすればいいが、その通りに物事が運ばなかった時にあたかも自分の意見が正統で多数派に支持されているかのような雰囲気とともに喚くのは、みっともないとしか言いようがない。

また文末に完全な蛇足(というか記事全体の意見に逆らうような)「要旨としては掲載することは問題ない」という当たり前な文言が入っているが、おそらくデスクから「さすがにバカだと思われるから一文入れとけ」と押し付けられたのではないかといったことも察せられ、今日もいい天気だな、という気分になる。同時に「なぜ明言を避けた?」というタイトルであるにも関わらず、結局どこまで読んでもなぜ避けたのか記者の意見がないことも記事としての不思議さを増幅させる。「日本国民の血税で運営されているNHK上層部は中共の汚い金によって操られており、公共放送としての本義を忘れ売国偏向報道に勤しんでいる。今回の忖度はその表れである」と思うなら書けばいいのに。まあ、その程度のシロモノなのだろう。

ちなみにBuzzfeedはウイグル問題と因縁がある、ということは補足しておいてもいいかもしれない。中国特派員Megha Rajagopalanが18年にウイグルに関する「刺激的な」記事を書いたということで追い出されているのだ(問題となった記事はこれだったかな?ちょっと記憶が定かではないが→ ウイグル人亡命者を中国政府が恫喝「故郷の家族を守りたければ、スパイ活動を」)。当時も読んだがきちんと調べられたいい記事だった。こうした記事も出せるのに、まったく残念の極みである。

記事に書いてなかったけど面白かった部分

今回あげつらわれた形容詞レベルの調整ではなく、文章単位で発言しているのにNHKが記事にしなかったけど面白そうな内容がふたつあるので、おまけとして文字にしておく。

ひとつはコロナに関して「4か国がリーダーとなって中国がばらまいて世界中に尻拭いさせているコロナに対する『対コロナの中国モデル(おそらく人権を軽視した高圧的な封じ込めなどを念頭に置いている)』に対抗して真のヘルスケアソリューションを開発する(four countries will be real leaders in pushing back against the Chinese model for how to respond to this virus, that is we will develop real solutions, real health care security solutions to combat COVID-19 that the Chinese Communist Party foisted upon the world by covering up this virus.  )」という厨二っぽいことを言っていること。ぜひお願いしたいところだ。

もうひとつは習近平の来日についての米国としての意見を「それは日本のリーダーが決めることだ(those are decisions for sovereign leaders of Japan to make. )」と答えている点。

ただ前者は具体性がまったくなく突っ込まれると扱いに困るのは容易に想像がつくし、後者は確か別の機会に同じ趣旨の発言をしていた気がする(面倒なので調べませんが)。だから別に記事に入れなくてよい、という判断だろう。

要旨って?過去のNHK記事を調べてはみたが

おそらく何らかの社内基準によって全文なのか要旨なのか、もしくは一部発言を抜粋なのかを分けているものとは思われる。一般的には発言者の格や序列と発言のニュース性だろう。ただ実際はほぼ全文から不要な部分をカットしただけに見える今回のインタビューが「要旨」扱いになった理由はよくわからない。要旨なら要旨でもっと分量少ない記事にすればいいのでは?とも思う(例えば中盤の「自由世界vs全体国家」的な比喩など、2回繰り返す必要はあまりないはずだし、色々削ったりまとめたりできる余地はあるように見える)。

たとえば17年トランプによって解任されて直後のスティーブ・バノンのインタビューは全文だ。現職閣僚でもなく、当然国務での来日ですらないにも関わらず。この点をお給料ももらわずにきちんと抜けもれなく検証する気力は僕にはないが、ざっと検索した限りではそもそも近年米政府の上層部来日に際してNHKの単独インタビューを受けて掲載された様子(オバマ前大統領は16年の訪日前に単独を受けていたようだが、記事は見つからなかった)はないので比較はできないが…まあ、そんな話。さらっと書こうとしたら長くなってしまった…やれやれ。