前回紹介した記事では「党の喉と舌」と呼ばれる一般向け報道とともに両輪を形成し、その為政者へのダイレクトな情報伝達機能すなわち「耳と目」として運用される内参という仕組みとその限界について触れている。今回はそのシステムがうまく働かなくなってきているのでは?という興味深い指摘だ。簡単に言えば、あげられているのは①汚職などによる手足となる記者の機能不全 ②習近平政権下での政敵排除に巻き込まれるのではという保身からの情報隠蔽(エスカレーションされるべきものがされない) ③SNSなどを情報源 とするが情報が多すぎて適切な取捨選択が行われていない という3点だ。③は内参固有の問題というより、恐らく中国以外のすべての国で同じ問題を抱えているだろうSNSリスニングの話ではある。「検閲の餌食」というタイトルは②の話だけで、タイトルとしては若干正確性を欠く気もしないでもないが。

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少しだけ補足を。冒頭で登場する新華社の記者廖君(Liao Jun)は武漢の駐在記者で、新型コロナ流行開始からしばらくして、3月8日の婦人節に「優秀な記者」代表として招かれ表彰された。しかし文中で触れられているように一般向けには「ヒトヒト感染といった根拠のないデマを流した人物が処罰された」という記事を書きながら指導層向けの内参には「ヒトヒト感染が疑われる」と書いていた、と当時猛烈に叩かれた人物でもある。メディア人として知りえた情報を隠すことに良心の呵責を感じないのか、というわけだ。

新華社武漢駐在記者の廖君

まあそのこと自体はごもっともであるし、そのせいで病を得て、あるいは亡くなった方もいるといえばその通りではある。しかしでは新型コロナがどうした病なのかの実情もまったくわからなかった異常な状況で、中国において特殊な身分である国営メディアの記者が職務上の行為を理由に攻撃されるのはちょっとかわいそうだとは思う(そもそも彼女が書いた機密であるはずの内参の内容がなぜ暴露されたか、ということも含めて何かしらの意図があるのかもしれない)。

 

習政権の下では内部文書ですら検閲の餌食に

In Xi’s China, even internal reports fall prey to censorship(2022/11/1, AP)

2019年後半に武漢で新型コロナウイルスが最初に検出されたとき、中国国営の新華社通信記者である廖君(Liao Jun)は、2つの相反する内容の記事を、2つのまったく別の「読者」に届けた。廖は一般向けの記事においてヒトヒト感染はないと読者に保証した。しかし高官に向けた機密報告ではそのトーンは変わり、不可解で危険な病気の表面化を北京中央に警告している。

彼女の報告は、中国共産党が、国民が知るにはあまりにもデリケートであると考えられている問題について知るために長い間使用していた、強力な内部報告システムの一部だった。中国のジャーナリストや研究者は、その対象が検閲されている場合でも、統治に必要な情報を入手でき、それを元に政府高官に機密報告を提出している。

しかしAPの中国の学者、ビジネスマン、国営ジャーナリストなどへの取材によれば、習近平国家主席が権力を強化するにつれて、たとえ機密報告であったとしても、党の路線に直接疑問を呈することは誰にとってもリスクであるとみなされるようになってきているという。従ってこの内部システムは事象に対して率直な評価を下すことが難しくなっている。

中国のハイレベルな政治的意思決定プロセスは秘密のヴェールに包まれており、その影響がどのようなものであったかは不明だ。しかしロシアのウクライナ侵攻に対する中国の姿勢から新型コロナウイルスへのアプローチに至るまで、あらゆる事象について下からのフィードバックが少なく、十分な情報に基づいていない意思決定が行われているリスクは存在するだろう。

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「強力な指導者は同時に人質でもあります」と、シカゴ大学の中国政治専門家であるダリ・ヤンは述べた。「彼らは繭の中に住んでいるようなものです。保護されていることも確かですが、同時に彼らが知るべき情報からもシャットダウンされているのです」。

この報告書は国家機密に分類され、中国では神秘的な雰囲気を醸し出している。それらは「内参(NAY-tsahnと発音される)」と呼ばれ、中国語で「内部参考情報」を意味する。ここでは汚職、ストライキ、世間の批判、産業事故など、他の多くの国でジャーナリズムの定番と見なされるものについて報告される。 2020年の中国の学術論文によると、中国ではこうした問題は「党の評判を損なう可能性がある」ため、一般に消費されるには敏感すぎるとみなされているという。

中国全土の報道機関、シンクタンク、大学はそれぞれ独自の報告チャネルを持っており、彼らは産業が盛んな河北省の大気汚染を監視し、あるいは料理で有名な湖南省で腐ったピクルスの廃棄の指導についてなど、地方や省の官僚に報告を上げている。しかし、新華社や国営の人民日報など一部の報道機関は、中国の指導層に直接情報を提供している。彼らの機密報告書は、当局責任者を引きずりおろし、政策を変更し、或いは対貧困、浪費に関する政府のキャンペーンを開始した。共産党はこの機密情報を秘密兵器と呼んで「目と耳」として、「喉と舌」であるプロパガンダとともに機能させている。ジョージア州立大学の中国メディア専門家であるマリア・レプニコワは、内部レポートを書く人は思慮深く、偏見がなく、しばしば政府に批判的であると述べている。彼らは国家の支援を受けているとはいえ、上司に悪い情報が届くことを邪魔したい役人からの脅威や脅迫などの過激な反応に直面する可能性がある。「(この報告の閲覧者には)キーパーソンがいるので、そこに何が入るかについて非常に慎重です」とレプニコワはいう。

福建省のトップを務めていた当時の習近平国家主席に会ったことのある元記者のアルフレッド・ウーは、習氏はこの内部報告システムの力をよく知っていると語った。習主席は当地で新華社や人民日報の記者とのつながりを深めた。これらのメディアは北京との直接的かつ機密のコミュニケーション手段を持っており、そのつながりは結果として習氏のキャリアに影響を与える力を得た。「彼はいつもジャーナリストと交流していました。習氏のこうした嗅覚は彼を大きく助けたといえるでしょう」とウーは言う。

2012 年に権力の座に就いた後、習氏は反対意見を抑え込み、ライバルを投獄する腐敗防止キャンペーンを開始した。このキャンペーンを通じて、記者は内参に何を書くかについてより慎重になった。習氏は名目上は国のNo2である首相に所属するはずの新華社の実質支配権を握った。これにより新華社は時々李克強首相を無視するようになり、李首相は内部会議でその不満を爆発させた、と前述のウー元記者および事情に詳しい国営メディアのジャーナリストは匿名を条件に語った。新華社へ訪問した際、習氏は内参を「非常に重要」と呼び、キャリアを通じてそれらに注意を払ってきたと述べた。しかし事情に詳しい関係者によると、国営企業上級幹部の失脚のきっかけとなった内参記事執筆で有名な新華社のジャーナリストは現在は内参を発行できなくなっているという。内参というシステム自体は依然として強力で活発であるものの、敏感な情報を報告することのリスクは高まっていると彼らは言う。「以前は新華社がその記者を守るする権力を持っていたので、記者もこうした告発を行うことができた。しかしもう今は違う」と報復を恐れて名前を挙げる事を拒否した情報源は語った。

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内参はまた汚職に対して脆弱だった。役人やビジネスマンが、自分たちの利益のためにロビー活動を行うためにその報告内容を操作していたことがある。ある事件では山西省の役人が、38 人が死亡した鉱山事故を隠蔽するために記者団に現金と金塊を渡していた(訳注:これは有名な事件で、前回の記事でも紹介されている)。習氏による取り締まりは汚職を抑制しただけでなく彼のライバルの多くを脇に追いやり、それは結果として下級官僚にトップからの明確な許可なしに行動することをためらわせることもなった。

習政権におけるインターネットに対する統制の強化も、内参をゆがめている。数十年前には、役人が一般の人々の考えを知る方法はほとんどなく、内参は貴重な洞察の経路となっていた。しかし人民日報が書くようにインターネットは「全員にマイクを渡した」ようなもので、その結果内参も、爆発的に増加した情報を分析することに非常に苦労としている。またインターネットも脅威をもたらした。国への批判者はオンラインで結束し、組織をつくった。

習氏はこの両方の課題の解決に取り組んでいる。彼の下で、中国は大量の情報を利用するためにビッグデータ分析を強化した。内参は現在ますますインターネット上の情報を引用しており、一部の速報は主にソーシャル メディアの投稿で構成されている。習氏は「オンラインのデマ」に対抗するキャンペーンとして 何百万もの検閲を実施しはじめた。最初にそれによって拘束されたのは公務員の汚職を告発した調査ジャーナリストだった

内参は現在オンライン情報に大きく依存しているが、その情報源であるインターネット自体が厳しく検閲されており、トップに送信されるメッセージが歪曲される可能性がある。

習近平政権下では電子的手段による監視も普及しており、機密情報の共有がより困難になっていると国営メディアの現ジャーナリストと元ジャーナリストの 1 人が匿名を条件に語った。通信は厳重に監視されており、反体制派だけでなく当局者や専門家も国家の監視下に置かれている。その結果、人々は重要な情報を隠し、時にはそれが破滅的な結果をもたらすことになる。

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武漢でのウイルス発生の初期に、新華社の廖君記者は「虚偽の情報」を広めたとして 8 人の「デマ屋」が逮捕されたと報じた。実際のところ彼らはオンライン チャットで新たなウイルスについて互いに警告し合う医師たちだった。廖の報道は他の人々の発言を思いとどまらせ、それが中央指導部をウイルスの蔓延に対して盲目にさせた。

彼女はまた武漢の衛生当局からの通知がオンラインで流出したことを北京に警告する内参を書いている。しかしシカゴ大学のヤン教授によれば、彼女の報告はより迅速な行動を刺激するのではなく、このアウトブレイクが適切にコントロールされていると当局者に思い込ませてしまった。「これは構造的な問題です。彼らのシステムは適切な意思決定のための情報チャネルを自ら締め上げる形で運用されています」とヤン教授はいう。

中国の内閣にあたる国務院の情報部門はコメントを控えた。新華社は AP のコメント要請にすぐには応じなかった。

ウイルスに関するこのエピソードは、内参が抱える矛盾を示している。管理が厳しくなればなるほど、レポートの価値は高まる。しかし管理が厳しくなると、信頼できる情報を見つけることもまた難しくなるのだ。

中国の研究者への取材によると、トップが下す決定に関しては、議論や軌道修正の余地がほとんどないことが示唆されている。

中国はロシアのウクライナ侵略に対する直接的な支持を表明しているわけではないが、政府のスタンスは明らかだ。習近平国家主席のロシアとの「無制限」パートナーシップの下で、当局者は西側諸国に対するモスクワの不満に同情の声を上げ、米国を偽善的ないじめっ子、NATO を侵略者として描いている。しかし私的な会話の場では、多くの中国の外交政策専門家が党の方針から逸脱した見解を表明している。にもかかわらずそうした意見の多様性が中国の指導者たちに伝えられていないと、一部の知識人は懸念している。「想定よりもはるかに多様な意見がある」とある研究者は述べたが、彼らはマスコミに話す権限がなかったため名前を挙げられなかった。中国社会科学院のロシア専門家に詳しい研究者によると、ロシアで出版されたある書籍はプーチン大統領に批判的な章があったため、中国語に翻訳することを許可されなかったという。

またある専門家は、中国の外相がウクライナの外相に電話することを示唆する内参を書いた、と研究者は述べた。約 1 週間後に本当に電話がかけられたとき、多くの学者がグループ チャットで専門家を祝福した。その後研究者の1人は、その専門家は習主席がウクライナのゼレンスキー大統領に電話することを勧めるべきだと述べた。報復を恐れて匿名を条件に語った研究者によればその専門家は「そんなことをしたら、二度と内参を書くことができなくなる」と返答したという。そして習氏は侵攻以来ゼレンスキー大統領と話していない。

多くの専門家は中国がロシアを支持することでヨーロッパを疎外していると懸念している。 EUとの大きな投資協定はほとんど終わったように見え、欧州はその対中政策を中国の最大のライバルである米国とますます一致させようとしている。

政府の顧問を務めるHu Weiは、自分の意見を聞いてもらうために計算された危険を冒した。 彼は戦争を批判し、北京はヨーロッパの側に立つべきだと主張するオンライン エッセイを 3 月に公開した。カーネギー国際平和基金のフェロー、Zhao Tong 氏によると、Hu 氏は上司が内参を承認しないのではないかと心配した結果公の場で書くことを選んだという。もし内容が検閲されたとしても、高官の注目を集める可能性があると彼は推論した。「情報バブルは非常に深刻です。当局でさえ、特定の見解が実際にどれほど人気があるかを把握しているとは思えません。」とZhao氏は語った。胡氏のエッセイは100,000 人以上に閲覧されたが、結局数時間以内にブロックされた。