今日の記事はいつもとちょっと違う…と思われるかもしれない。結構クルマの記事だからだ。しかし登場するのは債務の飛ばし先にしていた子会社が名門サッカークラブのスポンサーシップをめぐり詐欺を行ったというBYD出すクルマ出すクルマ全部に「参考」にした他社の有名車種があると言われる長城汽車という群雄割拠の中国大手自動車業界の中でもとりわけ素行の悪い2社。これは取り上げずにはいられない、ということで記事化することにした。本来どこかに掲載しようという体裁で書いていたので、普段の辺境通信の記事とはまた少し違う書き方になっている気もするが、お許し願いたい。

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5月25日10時40分、中国自動車大手「長城汽車」がSNS微博に「2023年4月11日、長城汽車は生態環境部、国家市場監督管理総局、工業和信息化部に対して、BYD社の”秦PLUS DM-I”、”宋PLUS DM-I”は通常圧力の燃料タンクを採用しており、蒸発汚染物排出基準を満たしていない旨の通報材料を提出した」「『環境行政処罰弁法』に基づき関連部門が初期審査した結果、立件するとの判断になった」と突然投稿した。中国で微博は企業や著名人などが公式な発表・声明を出す際に広く使われるのは確かだが、当然「いち民間企業が他の民間企業を名指しで当局に告発したことを発表」といった事態は流石になかなか起こらない。

非政府系民族メーカーとして元々大手だったBYDは、当初多くの顧客を掴んだ低価格路線があまり受けなくなり一時期低迷していた。しかし近年PHEV(プラグイン・ハイブリッド)車を武器に急速に盛り返し中、23年は昨年の販売実績180万台から一気に300万台達成を宣言していた。しかも、25日はSUVライン「宋」の最新モデル「宋Pro DM-i」の発表会当日だ。PHEVとして初めての10万元(約200万円)切りを実現した2月発表の秦PLUS DM-iは発売から5日で2万5千台以上受注したとされ、同じようにはずみをつけたいこのタイミングでの告発は、当然それへの悪影響を狙ったものといえる。

秦PLUS DM-i告発されたBYDの秦PLUS DM-i(上)宋PLUS DM-i(下)

BYDは2時間ほど経って、「正当ではない競争行為には断固として反対し、法的処置の権利を留保する」「長城が行った検査方法は国家基準の検査要件を満たしておらず、例えば最後の一点に関して、本来3000キロ慣らし走行後の車両を使うべきところたった450-670キロしか走行していなかった」と反論した。結果ではなく、検査方法に対して反撃をしたのだ。これにより双方の株価は長城が6.1%、BYDが2.4%と仲良く急落する。

BYDの車種名にあるDM-iとは自社開発したPHEV車のためのシステムの名称で、DMはガソリンと電力両方を使える”Dual Model”を意味し、iはIntelligence(スマート)の意味を持たせている(他にDM-pがあり、こちらはpowerfulの意味で、四駆車に搭載され、DM-iに比べて少し高いが性能も少し良い)。2018年に発表された第3世代DMのコストパフォーマンスを含む性能の好評にも助けられ、BYDのPHEV販売台数は20年から21年に5倍以上、21年から22年にかけても約3.5倍と異常ともいえる速度で成長し、2位の理想汽車(リ・オート)に6倍近い差をつけた圧倒的首位だ。

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一方の長城汽車は以前の記事(『お雇い日本人も「活躍」? 中国自動車大手が繰り返すウソとパクリ』)でも紹介したように、大手の一角でありながら外資系他社のデザイン剽窃疑惑が多くのモデルで囁かれたり、半導体不足だからとこっそり型落ちのCPUを搭載してごまかそうとしたりと素行が悪いことも確かではあるが、それでも昨年まで7年連続で年間100万台以上の自動車を販売する超大手である。売名のためにいちかばちかで騒ぎを起こす必要などない。販売車種はガソリンの他”レモンハイブリッドDHT”と呼ぶ独自のハイブリッドシステム(ただしHONDAのi-MMD技術と類似しているとも頻繁に指摘される)搭載車が中心でPHEVは少なく、BYDと直接市場を奪い合うという関係には見えないかもしれない。

しかしHEVとPHEVの一般発売に15年ほどの時差があるため全くの別物と捉えられがちな日本に比べ、中国でこの二者はよりフラットに見られており、調査によっては「ハイブリッド市場」としてPHEVを含む台数や売上を計算している場合もある。またガソリンを含む全車種・動力の最新月間販売数を見てもたった4千台の違いと非常に近い(下記グラフ参照)。近年倍々ゲームで成長してきたBYDに対して、元々上位だった長城は22年通年では販売台数が17.1%下落、危機感を持つのも無理はないといえる。

中国国内の報道によればBYDは、他社PHEVでは一般的な加圧燃料タンクを採用していない。これが何を意味するかというと、ガソリン車であればタンク内部に溜まった有害物質を含むガソリンベーパー(蒸気)を、一端キャニスタと呼ばれる活性炭を満たした筒状の箱に吸着させ、走行中に燃料とともに燃焼させることで外部への排出を抑えることができる。一方EVとしてエンジンを使わない走行も可能なPHEVの場合、ガソリンベーパーをキャニスタに貯めても、乗り方によっては必ずしもそれを車内で燃やして処理することができない。だから排出するしかなくなる。

だから他社では加圧式燃料タンクを採用して内部に滞留させられるガソリンベーパーの量を大幅に引き上げることで、使用頻度が多少低かったとしてもエンジンが使われた際にそれを一気に処理するという方式を取っている。しかし加圧式タンクはコストが高くなることも確かで、BYDはそれを嫌ってこっそり安い通常の燃料タンクを使っていたのではないかと推測する「専門家」もいる。ただ燃料タンクに何を使っているかといった、誰にでも簡単にわかってしまうようなお粗末でリスクが高すぎる不正をBYDほどの企業が大規模に行っているとは考えづらい。実際にベーパーを冷却して液体(ガソリン)に戻し燃料タンク内に循環させる特許を申請するなどの記録も見られる。

ガソリンベーパーの冷却液化循環システムの申請書類(特許情報検索サイトより)

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長城が何かしら確度の高い情報を元に仕掛けたのか、ライバル憎しと焦りのあまりに証拠不十分でもとりあえず騒いでみただけなのかは、実験の経過や結果の詳細が明らかにされていない現状ではわからない。ただし、安全面の欠陥などと違い一般消費者にとってはあまりピンと来ないはずの排ガスという点を突いたことに関しては、万が一多くの車種に共通して使われる技術に問題があることを証明できればリコールの規模や当局によるペナルティも重くなり深いダメージを負わせられること、そしてほぼ1ヶ月後の7月1日から通称「国6b」と呼ばれる排ガス規制が実施される予定であり政府の注目度も高い(行政の面子上、平時以上に厳しく取り締まると予想できる)こと、といったことを織り込んだ上での、いやらしいがよく考えられた仕掛け方だといえる。そしてその上で、新商品発表会当日を選んで行動を起こしたのだ。

先日の上海モーターショーで刺激を受けたのか、「これからは中国のEVだ」との声を日本語圏で目にすることが突然増えたように感じる。長年政府のサポートも受けながら技術を磨いた中国EVブランドの品質が他国のガソリン車などと遜色ないレベルに上がったことは確かだが、それでも現在の新車販売に占める比率は20%程度でしかない。その他の殆どはガソリンとHEVであり、5.6%程度のPHEVとあわせた80%のシェア争いのほうが実は遥かに規模が大きい話なのだ。今回の騒動はまさにその80%、特に少し先のガソリン車全廃に向けた主導権争いのひとつの局面とみると、もっと面白く見えてくるに違いない。