武漢でのコロナウイルスに関する報道が色々と出てきているが、中国メディアの中で比較的しっかりと事態を追いかけていると言われているのが新京報、財新などの紙媒体だろう。これらは死につつある中国の「調査報道」における過去のスタープレイヤーでもあった。

SARS禍の際にも、南方周末や南方都市報といったメディアが非常に活発に報道を行い、事態を隠蔽しようとした官僚の怠惰と腐敗を暴いた。しかし政治的な風向きの変化やメディア自体の運営の苦しさから、その報道の担い手だった調査報道専門の記者が現在では激減している(このあたりの事情の対比は朝日新聞の吉岡さんが書かれていて興味深い)。

同じことをラージャオがNewsWeek日本版に書いていた(「新型肺炎の真実を伝える調査報道記者は、中国にはもういない」)。上に書いたように記者の流出・減少に関してはそもそも新聞社自体の経営が危なかったり記者の給料が低いといった別の問題も大きく、そのすべてを政治的な締め付けが原因だというのは若干言い過ぎ…とはいえ、ラージャオの背景を考えれば仕方のない面もあろう(この辺は主旨ではないので割愛)。ともあれ、この調査記者減少については元となった調査がある。その内容を補足の意味も含めて紹介しておこうというのが本稿の意図だ。

その調査は「新媒体环境下调查记者行业生态变化报告(新しいメディア環境の下での調査記者業界の生態の変化に関するレポート)※リンク先が中文原文」というタイトルで業界誌に寄稿されている。
調査は16年末から17年にかけて実施され、広東省にある中山大学の传播与设计学院(コミュニケーションデザイン学院)の院長である张志安と博士課程だった曹艳辉が実査ととりまとめを行っている。レポートの中では伝統メディアとネットメディア双方に加えて2人の自媒体・在野記者に様々な方法でアプローチし、調査記者の全数標本を作ったと謳われている。

ポイント1:6年で半数になった調査記者…でも元々少ない

実はこの調査は第二回で、第一回は2011年に実施された。その第一回は334人の記者が対象だったがそれが第二回では175人にまで縮小している。調査で分かった内容面での変化以前に、そもそも調査対象が激減しているというのがまずひとつ。

ただしそもそも11年の時点ですら334人しかいなかった、さらにいえば「調査記者」というのが普通の記者と区別されている時点で(それ以外の記者は調査をしないのか、などという愚かな質問は口にしないこと!)中国のメディアのありようが外国の一般的なメディアとまったく違うことがよくわかる。

ポイント2:所属媒体の少数集中

上記175人とされる調査記者の内40%(=75人)は以下9つのメディアに所属している。ちなみにこの調査の対象は85の伝統媒体と11のネットメディアなので、10%のメディアに40%の人材が集中している事になる…というか裏を返すと残り60%=87媒体に100人の記者なので、乱暴に均すと実質1媒体1人しか調査記者がいない、つまりこの60%は恐らくチームと言える規模ではない。

調査記者が集中する9つのメディアとは澎湃新闻、财新传媒、新京报、界面新闻、北京青年报、南方周末、南方都市报、大河报、中国青年报。
澎湃新闻と界面新闻はともに上海报业グループの下にあるオンラインメディアで、その他は全て紙媒体。顔ぶれからも想像がつくが大都市、特に41%が北京に集中している(上記9メディアでは大河报のみ河南省鄭州で、他は全て本拠地が北京or上海)。

特にそうとは書かれていないが、顔ぶれから恐らく人数の大小の順番で並べているように感じる。界面まで10人程度のチームがあってそれ以外は3,4人程度という予想。

ポイント3:高くない給与水準

5000-15000元が68.9%と大部分を占める。

日本の新聞記者、特に全国紙は待遇が非常にいい…正確には日経・読売・朝日がその中でもさらに高く平均で1000万をこえるといわれる。ただしこれは全年齢。
本調査の対象がかならずしも中国のトップメディアではない事、そして調査項目から平均業界歴10年、うち調査報道経験平均6.5年とのことなので単純に新卒からずっとor若い頃1回転職で業界10年目の人(つまり30代前半~中盤)の給与と考えると、日本であれば600-800万程度だろうか。転職サイトによれば30代の平均年収は442万円らしいので、平均の約1.5倍くらいはもらえるのかな?と予想できる。

しかしトップオブトップではないにせよ名前くらいは誰でも知っている企業に勤めている割には、中国のこの5千~1.5万元は(そもそもこの幅が広すぎるが)そこまで高くはない。もし大都市なら上限の1.5万でようやく「大手勤務ホワイトカラーにしては少し低いけどまあぼちぼち」、逆にもし5000元だとすると北京や上海ではそもそも生活が成り立たないだろう(恐らく物価水準の低い地方都市の記者が該当)。

しかもこの中でもネットメディアと伝統メディアの記者の間でかなり開きがあり、ネットメディアの記者の8割が1万元を超えているという記述も見られる。

6年前と比べれば物価水準の上昇などもあり多少は上がっている給与も、結局他業界から比べると高いとはいえない。冒頭で紹介したように書ける範囲が狭まっている事に加え、この待遇の悪さが拍車をかける。実際に調査報道で名を知られた元・名物記者が企業広報として出てきたり謎のコンサル会社を経営していたりという例は枚挙に暇がない。

本調査では示されていないが、このような背景もあって新聞記者の平均年齢は二極化していると言われる。辞められない年齢になってしまった人と、給与が低くても理想に燃えていて我慢できる若手、という構造だ。そして若手はある程度学ぶと辞めて広報か自媒体か…いずれにせよもっと安全で給与も高い企業に移っていく。

・・・・

本記事は辺境通信短文化プロジェクト第一弾となる(かもしれない)。