以前ウイグルを訪問した際の印象を紹介した記事でもとりあげたWSJの記事(中国「完全監視社会」の実験場、新疆を行く(WSJ Dec22))が典型だが、中国における最新テクノロジーの実戦投入は実は北京や上海だけではなく、ウイグルでも行われているという報道が最近増えたように思う。キャッシュレス社会のような中国のテクノロジーすごい!という報道が増えるにつれて、こうしたウイグルで行われている倫理観をより無視した、だからこそ新しい「取り組み」もまたひとつの「技術」の使われ方の明暗という意味で注目されはじめているということだ。

先日、今度はロイターがさらに刺激的なタイトルのビデオ、「中国が「犯罪予知システム」を導入、ビッグデータから身柄拘束」を公表した…が、中身を見ると、Human Rights Watch(HRW)の出したプレスリリースをそのままなぞっているだけで、なんら新しい情報はない。しかも映像にする過程で情報がかなり減らされている。
映像にする時には情報を減らしシンプルに見せなければいけないのはメディア特性上仕方のないことだが、普通は「画のインパクト」がそれを補う。しかし今回はカメラを持って取材しているわけでもないので、単に内容が減っているだけに見える。結果的にはHRWのリリースを紹介しただけという雰囲気すら漂う。

しかしその元になっているHRWのリリース自体は結構面白かったので、ざっと訳して紹介しようと思う。

なお、日をおいてHRW Japanで日本語の正式版が公開される可能性があるということ、今回は実験と速度優先のため一部語調が統一されていないなど見苦しい部分もあるが許して欲しい。
また、原文には添付資料として、文中に登場するIJOPシステムについて詳細に紹介されているが、時間の関係で省略した。これはこれで面白そうなので、時間がある時にフォローしたい。

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この種の犯罪予測は、その信頼性が証明されてしまえば、必然的に良くて当該個人に対する監視の強化、通常はそれを経て予防的な拘束に発展する。それは犯罪を起こす可能性が有意に高い人物がいた場合、周囲にとってはその人物の認識と排除は合理的である以上、例え民主的な国家であっても仕方のないことという風になってしまう可能性が高い。

実は人権無視の中国だけでなく、アメリカはもとより、日本でもAIやディープラーニングを使った犯罪の予測への取り組みははじまっており、例えば産経新聞が今年1月に神奈川県警の例を国内初として記事にしている(犯罪発生 AIで予測 神奈川県警が全国初 東京五輪までの運用目指す)。当然こうしたシステムも望むかどうかに関係なく、行き着く先は「犯罪を起こす可能性が高い人物の特定」であろう。「危険な場所」を示すだけでも(それがたとえ事実であったとしても)地価などへの影響が大きそうなものなのに、人権と真っ向から対立するであろうこうした人間のラベリングを、日本やアメリカという国が行うのか行わないのか、行う場合にどのような立て付けで行うのか、かなり気になっている。

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ビッグデータが加速させる少数民族地域での取締

出典:China: Big Data Fuels Crackdown in Minority Region(HRW, Feb/26/2018)

Chinese police patrolling night market near Id Kah Mosque in Kashgar in China’s Xinjiang Uighur Autonomous Region, a day before the Eid al-Fitr holiday, June 25, 2017.

(ニューヨーク発)中国政府は、ビッグデータに基づく犯罪予防システムを作り上げ、新疆ウイグル自治区で運用していると本日ヒューマン・ライツ・ウォッチは発表した。このプログラムはしばしば人々に知られること無く、彼らのデータを集約することで潜在的に政府への脅威になるかどうかを判定する。

聞き取りによると、標的にされた人の内幾人かは超法規的な施設である「政治教育センター」に告訴や公判なしで無期限に拘束され、虐待にさらされている可能性もある。

ヒューマン・ライツ・ウォッチのシニアチャイナリサーチャーであるマヤ・ワン は、「中国政府がビッグデータを利用して予防的に警察行動を行っていることを初めて明らかにしました。これはプライバシー権を激しく侵害するだけでなく、職員が人を恣意的に拘留することを可能にすることを示しています 。新疆の人々は、ほとんどの人がこの「ブラックボックス」プログラムの存在やそれがどのように機能するか分からないため、日常生活の監視がますます厳しくなることに対して、抵抗したり、挑戦したりすることはできません。」と述べた。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、当局は近年、同地域の全面的な監視措置を強化し、最新の技術で既存の戦術を強化したと述べた。 ヒューマン・ライツ・ウォッチの推定によれば2016年4月頃から、当局は何万人ものウイグル族やその他の少数民族を「政治教育センター」に送り込んでいる。

これらの行動は、地域当局が推進中の「ストライク・ハード」キャンペーンの一部であり、习近平国家主席の「安定維持」と「 永続的な平和 」の推進の一部だ。 当局は、キャンペーンが標的にしているのは「 テロリスト分子 」だけだと言うが、実際には政治的忠誠が疑われる(つまり新疆ではウイグル人であれば誰でもという意味になる)特に例え平和的な方法であったとしても宗教的または文化的アイデンティティーを表明しているウイグル人が広範囲に対象になっている。

新疆ウイグル自治区公安厅は2016年8月以来、さまざまな情報源から個人情報を受け取る「統合オペレーションプラットフォーム(IJOP、一体化联合作战平台)」の設立を確認する調達通知を出している。 カシュガル県は、システムが完成し、定期的に使用されている最初の地域の1つであると思われる。

これらの通知は、IJOPが複数の情報源やセンサー類から情報を収集していることを示している。そのひとつは監視カメラで、中には顔認識または赤外線機能を備えたもの (いわゆるナイトヴィジョン)も存在する。そして いくつかのカメラは、娯楽施設、スーパーマーケット、学校、宗教的な人物の家など、警察が敏感であると考える場所に配置されている 。他にも、コンピュータ、スマートフォン、その他のネットワーク接続されたデバイスの固有の識別アドレスを収集する「 Wi-Fiスニファ 」もリソースになる。
IJOPはまた、地域の無数のセキュリティチェックポイントの一部から、ナンバープレート番号や身分証IDなどの情報を受け取り、アクセスが制限された地域の「 訪問者管理システム 」から情報を受け取る。 車両のチェックポイントは情報をIJOPに送信するとともに、IJOPによってプッシュされた予測警告をリアルタイムで受信するので、彼らは「チェックとコントロールのためにターゲットを特定する」ことができる。

公的報告書によると IJOPはまた、 車両情報、健康情報、家族計画、 銀行口座情報 、法的記録などの既存の情報をも活用している 。 警察や地方政府関係者は、家宅訪問や警察行動の際に「珍しい」とみなされる活動や「 安定性に関係する」情報をIJOPに提出する必要がある。 1人のインタビュイーは、たとえば多くの本を所持することは教師であると言った正当な理由がない限りはIJOPに報告される、と述べている。

警察官、地方の党組織、政府の幹部、 そしてファンヒュイユ (访惠聚,人を訪問し=访民情、人々に利益をもたらし=惠民生、人々の心を一緒にするという=聚民心、の頭文字をとった言葉)チームはデータを収集するために個別の家庭を訪問するために展開している。 ファンヒュイユチームは、2013年以降、「社会の安定を守る」という最も重要な目的のために結成され、様々な機関の関係者から構成されています。公式レポートによれば、ファンヒュイユの毎日から二ヶ月に一回までという訪問頻度は家族が政治的に「信頼できない」とみなされているかどうかによって決められ、訪問中、人々は家族に関するデータや「イデオロギー的状況」、近隣住民との関係に関する幅広い情報を提供する必要がある。 公式の報告によると、これらのチームはモバイルアプリを使って、「すべての世帯の情報」が「完全に埋められている」ことを確認し、IJOPに提出するようにしている。

データ収集の義務を負っている警察官や地方自治体の職員は、そのようなデータ収集の理由を説明したり、データを提供することを拒否する選択肢を住民に提示したりしないようだ。

あるウルムチのビジネスマンは、2017年にIJOPプログラムのために記入させられたフォームをヒューマン・ライツ・ウォッチに提供した。このフォームでは、宗教的実践、即ち毎日何回祈っているのか、定期的に通っているモスクの名前に加え、 その人が海外に旅行したかどうか(その中には “26 の敏感な国”のいずれかを含むどこに旅行したかも含まれる)、 親族経由での「政治的不安定性への関与」などが含まれる。 また、このフォームは、その人物がウイグル人であるかどうか、IJOPにフラグが立てられたことがあるか、当局に対して「信頼できる」ものであるかどうかをも尋ねている。

違うインタビュー対象者は、昨年、複数回にわたってIJOPのコンピュータ・インタフェースを近隣委員会事務所で目撃したと語った。

私は専用端末を自分の眼で見ました。名前、性別、身分証明書番号、職業、家族関係、その人物が信頼されているか否か、拘留された経験があるか、ウイグル人が受けなければいけない政治教育を受けた時期(年、月、日)、信頼性が低い、もしくは拘束の経験がある場合は、違った色で分類されます。
また、フォームの内容は、既に記入されているものによって異なります。たとえば、パスポートを所持しているウイグル人の場合:取得日時、どこに行ったのか、滞在した日時、いつ戻ってきたのか、彼らはパスポートを[警察に]渡したのか、海外から帰ったのか、家族訪問、観光、勉強、ビジネスなどの海外旅行の理由です。

公式および地方メディア報道によると、 IJOPは関心のある情報や関心のある人の名前のリストを定期的に警察、中国共産党、政府関係者に 「 プッシュ通知 」して追加調査を依頼している。 情報を受信した担当者は当日中にその後の対面訪問などの手続きを取ることが求められている。 IJOPデータは、「勉強会」中の一般的なパフォーマンスなど、他の情報源と併せて評価される。

チェックにあたり、「確保されるべき人がもれなく確保されるべきである」と現地のファンヒュイユ チームによる2つの作業報告は述べている。 2人の情報源はヒューマン・ライツ・ウォッチに、IJOPが生成したリストに従って、警察が一斉検挙を行ったのを見たと話した。1人は警察が、リストに載っている一部は拘束され、政治教育センターに送られると話していたのを聞いたという。

IJOPのプッシュ通知対象になったものは拘留され、取り調べを受ける。 その取り調べがどれくらいの間行われるかについては、誰もわからない。取り調べ中、その人は勾留所または「政治教育センター」に収容される可能性がある。 その後、その人は刑務所送りになるか、[さらに]「政治的教育」を受けられることになる。

ほとんどのレポートでは、IJOPが分析をどのように行っているかについての詳細はほとんど示されていない。 ファンヒュイユが2017年8月に投稿した記事によると、IJOPは、 “理由もなく携帯電話の代金支払いに失敗し、接続できなくなった村人”と、 “電話・ビデオ電話の通話内容にテロや暴力に関係する内容が含まれている”人にフラグを立てると述べている。 2016年10月の報道では、カシュガル県のJiashi County(またはPeyziwat郡)の無名の「ビッグデータプラットフォーム」について、地理的、移住者人口、肥料、ガス、乗り物、その他の人々の日常生活に関するデータを分析し、通常と違う動きを見せた時に警察に警報が送られると述べている。このプロジェクトに関わった警察の研究者は、次のように説明している。

例えば、通常5キロの化学肥料しか買っていない人が突然(その量が) 15キロに増えたら、末端の役人に(その人を)訪ねさせ、その使用をチェックするようにします。 問題がなければ、状況をシステムに入力し、警告レベルを下げます。

当局によるIJOPへの正式な言及はまれであるが、 WeChatで公開された公式報告書によると、IJOPは、「2つの顔を持った」、つまり当局が党に対する忠誠を疑うウイグル人に対するキャンペーンでそういった人たちを政治教育センターに送り込むための分析の手助けをしたと述べられている。

最後に、政府当局、司法当局と公安局がIJOPを使用して再度分析と学習を行い、彼らは地域の職業訓練と教育トレーニングセンターへ(政治的に)教育されるために送られました。

新疆ウイグル自治区の警察は、IJOPが真の対犯罪闘争で彼らを助けていると主張している。2つの公表された事件は、ささいな盗難の発見と、個人の不法な金融取引だ。

「中国政府の目標が真実の犯罪を防止することであれば、専門的で権利を尊重する方法を警察官と代理人に訓練することができ、そして被告側弁護士に権限を与えることができる」とワンは述べた。 「大量の恣意的な監視と拘留は、オーウェル的な政治ツールである。 中国はそれらの使用を放棄し、直ちに政治教育センターに収容されているものをすべて解放するべきだ」と述べた。