※結局あまりに長くなりすぎたので、記事をさらに分割する事にした。この記事は3回の中篇で、前篇はこちら

※公開後、一部ご指摘を頂いた部分は注釈を入れながら随時アップデートしている。

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19年末に北京のそれぞれ一流の放送局&国営イベント会社と大型提携を行った吉本はこれまでも何度か中国企業と大型の提携を発表している。「お笑い」という言葉をベースにした芸を核としている吉本興業にとって、同業種の中でも海外進出はハードルが高いものだったに違いない。そんな条件の中でも様々な方法で挑戦してきたことは興味深いと思う。

…ということでここからは吉本興業の中国進出の歴史をまとめてみようと思う。今回は残念ながら吉本や中国企業周辺に話をすぐに聞ける情報源がないこともあり、ほぼ公開情報をベースにしている。できる限りの情報を盛り込んだが、特に過去の出来事については抜け漏れなども有り得る。もし補足や事実誤認などあったらご教示いただければ嬉しい。

まず、2004年から始まる吉本と中国企業の提携について、拾い出せた情報を表にまとめてみた(海外公演としてはそれ以前も行われていたようだが割愛、小室哲哉との件も割愛。スマホの場合は別窓推奨)。

(※1/8追記:Twitter上でこれより以前、98年にマイカル大連に常設劇場設置、という話を教えていただいた

目につく点として北京と上海両方の会社と提携している点がユニークといえるだろう。決めつける事は出来ないが、北京と上海には業界内でライバル意識のある同等規模の会社がある事が多く、ローカルでパートナーを探さなければいけない外国企業にとっては事実上の二択になることが多い。

しかも提携相手はどれもそうそうたるもので、CMGとSMG(Shanghai Media Group)は中国メディアグループの2トップだし、北京では文化部直轄だった会社や国務院直轄かつ文化部と関係が非常に深い会社(これについては前編で触れている)などと組んでいる。吉本が持つコンテンツ、特にその人材育成能力が中国にとってずっと魅力的だったという事は前提として、中国側に高位の支持者がいるのかもしれないなどと妄想を抱かせる。ともあれ、後篇ではその歴史を断片的な情報を集めて紐解いていく。

関係が最も長い上海SMG

表にあるように吉本の初めての中国企業との提携は04年に上海系のSMGと行った番組制作のためのもののようだ。この時は中国側にまだ乏しかった番組制作のノウハウを提供し、逆に吉本としては中国国内でのタレント発掘を期待していたようだ。当時の記事を読むと中国はバラエティー番組の需要が多いにも関わらず実際に放映されるのは台湾・香港発の物が多く、これらは日本の影響を強く受けている、とある。現在の中国におけるバラエティー番組の豊富さや芸能界の盛り上がりぶりからは想像もできないが、そうした背景から中国側はその源流である日本のコンテンツやノウハウが欲しかったのだろう。

翌05年には日本の文化や流行などを紹介する「东京印象」という人気番組がスタートした(放送形態などを変えながらも現在まで続いている)。吉本との提携との直接の因果関係については証拠を見つけられなかったが、時期や番組の題材から恐らく関係はあるのだろう。後述するが少なくとも10年以降この番組の制作を行う会社は吉本&SMGの提携関係の輪の中にある会社でもある。

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上海の中心部、南京西路と淮海路に挟まれた位置にあるSMG本社(1/13指摘を受け差し替え)

上海SMGは上述したように中国第二のメディアグループで、例えば4大衛星テレビのひとつ东方卫视や、上海のランドマークのひとつである東方明珠タワー(東京タワーと同じく、本来はテレビラジオの電波塔だ)の運営なども行っている。他にも新聞、雑誌、テレビなどの伝統マスメディアだけでなく新媒体といわれるオンラインメディアも数多く所有する。時代を考えても、上海という土地が海外、特に日本との交流が多い街であるという意味でも海外のエンタメ企業が組む相手としては理想的だったといえるだろう。

この業務提携に続いて10年には共同で会社を設立。その会社は02年に立ち上がった「CHANNELYOUNG生活时尚」という衛星放送チャンネルの共同運営に参画(恐らく吉本のサイトにある「チャンネルヤングクール」がそれ)。この年にスマートテレビ向けの「SiTV生活时尚频道」というチャンネルに衣替えしている。

なお、12年の滋慶学園との提携は日本企業でありなぜこの表に?という向きもあろうが(しかも結局その「学校」は実際に設立されたのかも不明。滋慶学園は上海に現地法人を持つが、日本人相手に中国語教育を行っているようでおそらく無関係)、これが恐らく19年3月に発表されたCMCとの学校設立につながってくる。そのプレスリリースがきちんと書かれていないので推測するしかないが「設立する教育機関で養成する人材は(中略)滋慶学園グループと吉本興業の持つノウハウを最大限に活用します。」と滋慶の名前が前後と脈絡なく突然出てくるのだ(後で少しだけ出てくる)。当時実現できなかった構想が、7年の時を経てCMCという現地パートナーを得て花開いた…という事、なのかもしれない。

北京国有企業と吉本

次に北京方面について。06年に「前身は文化部直轄の国有企業だった」という中国祥宇文化発展有限公司という会社の株を3割取得するという踏み込んだ提携を行っている(当時の朝日新聞の記事がまだ読める)。ただ、現在わかるのはフェイウォンの大規模なコンサートを行った事だけで、当初発表されていた映画や音楽の共同制作などが実現されたのかはわからない。

それから10年以上経って吉本も保有株を売却した模様で、株主の陣容も変わり現在は個人が8割の株を握る。残り2割が北京市系の政府系企業、それ以外に過去17年3月までは北京市の対外友好協会が入っていたようだが、既に退出している。今の所有者(上述の大株主)は同じ17年の7月に新しく董事長になっているが、就任前後で消費制限令を複数回食らっていたり子会社が失信リスト入りするなど、既に正常に運営されていない可能性が高い。

中国では外国企業が興業の主催者になる事が難しい。基本的にはそのライセンスを持った中国企業にコンテンツを売るか、もしくは合弁を作ってその親会社ライセンスを借りるという形を取る。結局興行は主催にこそ旨味があり、売ってしまうとリスクを取らなくていい代わりにリターンも少ないので外国企業はあまり収益を伸ばせない(僕が知っているのは少し前の情報で、たしか先般このあたりの規制が少し緩み、外資系企業も自主興行を打てるようになったように記憶している)。当時吉本は合弁で(ある程度中国側にライセンス使用料はとられるにせよ)ライセンスを借りるという形を選んだのだろう。

加えて海外アーティストのライブやパフォーマンス実施には文化部という役所の審査(※1/8追記:申請審査の窓口は文化「局」であるとご指摘を頂いた。部は全国組織で、局は市に所属する。例えば上海であれば「上海市文化和旅游局」が窓口になる)が必要で、その審査プロセスは色々と不透明な事も多いと言われる。その意味で文化部に近い会社と組むというのは相手の顔さえ見えているならば魅力的ではある。反面そうした神通力神話を手に暗躍するよくわからない闇紳士が多いのがこの国でありこの業界だし、Avexの一度目の中国進出失敗がまさにそのような原因であったと語る人もいる。フェイ・ウォンの件では成功しているようなので全くのババを引かされたというわけではないのだろうし内部事情が分からない以上後付け解釈でしかないが、その威光には限りがあったということなのかもしれない。

現在の話に戻るが、その意味でも19年12月に発表された対外文化集団との提携は当時と同じ文化部へのアプローチではありながら、より直接的で近い相手との提携にこぎつけたといえる。

CMC黎瑞刚と吉本興業、15年の関係

前述のように(確認できる範囲では)吉本の中国進出の最初の一歩が上海系のSMGとの提携だった。そして、先日の北京・対外文化集団との提携のニュースを聞いた時に真っ先に思い出したのも、同じ上海系の华人文化(華人文化、英文略称CMC)という投資ファンドとの18年に発表された提携だ。この件に関しては珍しく(?)吉本からもプレスリリースが出ている。上海→北京→上海と地理的にはピンポン状態だが、本章ではより現在に近いこのCMCとの件について取り上げていく。

CMCはよくわからない事が多い中国の会社の中でも群を抜いて謎が多い。2010年に開始し15年から本格的に稼働した映画などのエンタメやコンテンツを中心にした方面への投資ファンドだ、というのが一番シンプルな説明だろうか。投資先は梨视频、爱奇艺、快手、快看、野兽派、What you need、36krなど幅広く、そのどれもがピカピカな銘柄だ(ちなみにこれらに比べれば大分見劣りするがどうやらSNH48にも投資している)。同時にアメリカ最大手のタレントエージェンシーのひとつCAAやディスカバリーチャンネル、ワーナーなどとも提携している。また、18年7月にアリババ、テンセント他から400億元のRoundA調達を行ったりもしている。そして設立5年にも満たないのにここまで大きな案件を手掛ける組織ながら、一説には従業員が20人程度しかいないとも言われる。見れば見るほど不思議な点が多いが、とにかく非常に力のある投資者であることは見て取れるだろう。

CMCの創設者であり現在でもトップの黎瑞刚は、元々2002年よりSMGの総裁を務めていた。また、CMC設立の際黎はまだSMGに在籍していた事などから、CMCはSMGの一部、もしくは別動隊であるという風に言われることもある。なんであれ、吉本とCMCとの提携はまったくの初めましてこんにちはではなく、元々SMGの総裁としての黎瑞刚と親交があり黎が移籍したのでCMCと提携する事にしたとは言ってもいいだろう(これは当時、吉本興業の大崎社長自身も語っている)。

CMCトップの黎瑞刚、通称「黎叔(リーおじさん)」

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CMCと吉本の提携は18年秋の安倍首相訪中の手土産である「日中の第三国における経済協力」の第一号案件(「第三国を含む、日中共同の高度エンタテインメント人材育成に関する戦略提携覚書」)であった。そしてこれは中身が煮詰まらない段階でこの訪中にあわせて無理やりはめ込むように発表したとも囁かれる。中国での提携話では内容が詰まらぬままなんとなく「戦略提携」などが発表される例はいとまがなく、これ自体はまったく珍しい事でない。
しかし、19年3月に続報も出たにも関わらず、現時点で会社登記を調べた限りで「吉本とCMCの合資会社」は確認できない。外交・政治案件であり、しかも元々長い関係の上に約束されたものが、いまはどうなっているのだろうか?本稿の最終段(といってもここからが長いのだが)として、わかる限り見ていきたい。

報道によれば「学校運営会社への出資額は1000万元(約1億6000万円)で、出資比率は50%ずつ、社長はCMCが派遣する」、設立時期は当初は19年9月とされていたが、後に20年3月と変更された。構想の概要はオリコンのこの記事がもっともよくまとまっているだろう。

吉本の現在の上海におけるふたつの出資会社

まずこの構想の受け皿となるはずの運営会社のヒントを得るべく、登記情報を調べた。吉本興業(株)が中国国内に投資しているのは2社「上海游希梦托文化传播有限公司(出資額122.5万元≒2000万円)」と「上海淘最霓虹网络科技有限公司(同32.9861万元=528万円)」だ。つまり少なくとも吉本の関係先で1.6億の半分、8000万円出資している会社は現時点では確認できないことになる。同時に投資パートナーであるCMCや関係が深いSMGの名前もこの二社の株主リストには表れていない(この点については後にちょっとした但し書きが付くので、お付き合いいただきたい)。

吉本興業の投資先

また、冒頭のリストに2010年7月SMGとの合弁会社を設立とあるが、吉本興業はこの時設立した「上海吉本文化伝播有限公司(実際の登記は11年)」から18年には退出しており(同時に日本人董事も辞任)、その後会社も清算手続きに入っているようだ。またそれ以前の15年に法定代表人及び投資人からSMG系と思われる人物(後述するが、吉本とSMG/CMC提携の実務においてキーパーソンと思われる)が退出しており、勝手な想像だが15年の時点であまり順調ではなかったのではないかと思ってしまう。

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注釈:後篇とも共通するが、今回は吉本興業およびHDの株の保有状況しか調査していない事を先に申し述べておく。例えばオーナー個人の資産管理会社など吉本興業本体と資本関係がない所から出資していたり実質支配権を持つ別会社経由だったりすると今回の方法では見つける事ができない(吉本は上場企業でもなく積極的に情報公開を進めるような会社でもないので、正直分からない事は多い)。ただし日本ではこうしたテクニックは主に後ろ暗い事情がある場合などに使われるし、こうした「やってる感を出す」必要があるプロジェクトでそうした迂回投資を行う必然性もないと思うので考慮しないものとした。HDは台湾に会社を持っているようだが、調べた範囲では中国大陸では興業の名義で投資を行っているようだ。また当然、調査者の能力の限界による遺漏の可能性も排除できない。

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20年3月予定とされたこの学校の開校のタイミングは恐らく習近平来日とも連動しており、タイミングをずらす事は難しいだろう。であれば考えられるのは新会社の立ち上げや既存会社への増資が突然行われるという方法くらいしかない…次回は一応この仮説に基づいて話を進めていく。ただ現実的には教育機関の設立は通常の会社よりは許認可をはじめ色々面倒で、いくら動きの速い中国とはいえこのタイミングで何も形がなくて間に合うのかという疑念はある。同時に、文化传播という業種で教育機関が設立できるのかという問題もある(中国においては会社の分類に応じた名前を社名に含む必要があり、それ以外の業務を基本的には行えない)。土壇場で「日中友好ムード醸成」のために何かしらの不思議な力が働くのだろうか。