前回は在ニューヨークの総領事館による米国国内でのSNSを利用した影響力工作について取り上げた。その内容は意外に米中関係をポジティブな方向に「操作」しようとしたものだったのだが…今回は真逆の、もっと「典型的」なスタイルのTwitterを利用したSNS世論誘導工作への取り組みの実体とその失敗を調査したものだ。

人口が多く背景も多様な中国においては当然組織の構成員もまた、数が多い上に背景が多様だ。だから管理コストは総じて高くなりがちで、それをできるだけ減らすために単純化された成果指標や本能や恐怖に訴えかけるような現金や処罰を用いたインセンティブ設計がなされがちだ。社会主義思想云々とは別に、一定数を超える組織運営においては効率と効果のせめぎあいの中でどこででも起こりえることだろう。もちろん毛色は違うが、多国籍企業の社内ルールなども往々にして同じようなことが起こる。

文中でも触れられているように、煽り気味なタイトルに反して、記事内容は「効果がないこと」を単にバカにしているわけではない。むしろそうした現象が間違ったインセンティブ設計によって起こっており、将来的にはそれが改善されてより巧妙になる(もしくは表面化しているのは粗雑な氷山の一角だけである)ことに対して警鐘を鳴らしている。

なおこの記事はスタンフォード大学のStanford Internet Observatory(SIO, インターネット観測所とでも訳せばいいのか?)のJosh A. GoldsteinRenée DiRestaによって執筆されている。

ちなみにこの記事が出てからすぐ、Newyork Timesもまったく別の角度から類似のトピックを取り上げる記事を出している(”How China Uses Contractors to Spread Propaganda on Facebook and Twitter” 12/20)。情報源は上海の公安が5月に行った公共入札資料だ。こちらは1アカウントごとに5000元/月など、かなり手厚い予算が用意されていることがわかる(共産党のサクラ投稿請負者はいままで投稿単価から「五毛(0.5元)」と呼ばれてきたが、この件から「五千元じゃないか」と揶揄する人たちを見た)。そしてこうした報酬体系は、本文でも述べられるインセンティブ設計に直結する。中国のこうした対外工作を見る際に難しいのは(実は外交自体にも共通するが)、多くの主体が自らの思惑の下にバラバラに動いており、必ずしもひとつの「国家の意思」の下に動いていないということだ。例えばその一端は「中国の新しい対外政策――誰がどのように決定しているのか 」などでも紹介されているのだが、前回の駐NY領事館、上記の上海公安、今回の昶宇文化(背景は不明だが恐らく自治区政府、もしくは中央)とプレイヤーが違う以上、内容なり価格相場なりをいっしょくたにして語る意義はあまりない。とはいえ、参考としての価値はあるわけだが。

公共入札はルール上要求仕様や落札者などを公表せねばならず、それは新疆の件などでも多くの手がかりを西側メディアや研究者に与えてきた。(当局がそれを好意的に捉えているかはともかくとして)中国においてもこうした法的な手続きが整備されていることで、ある程度の透明性、そして外部からのモニタリング機能が働いているということ自体には一定の評価も必要だろう。

中国の偽Twitter垢は誰もいない虚空に向かってつぶやき続ける

China’s Fake Twitter Accounts Are Tweeting Into the Void (2021/12/15 Foreign Policy)

12月2日、Twitterは中国政府と関係した2つの影響力工作の削除を発表した。それは新疆ウイグル自治区とそこに住むウイグル人に関する中国共産党のストーリーを後押しする2,048のアカウントと、新疆ウイグル自治区政府の代理として活動する民間企業Changyu Culture(昶宇文化)に帰属する112のアカウントだ。

SIOのチームは、この2つのネットワークを分析し、その結果、どちらのネットワークも新疆ウイグル自治区におけるウイグル人の扱いについて中国共産党寄りのシナリオを拡散していることがわかった。多くの場合中国国営メディアのコンテンツを投稿したり、同自治区での生活がいかに素晴らしいかについてのウイグル人の生の声の動画を共有していた。

過去中国共産党寄りのネットワークがTwitterで削除されたケースと同様、ひとつめのネットワークを構成するアカウントの実態はほとんど明らかになっていない。アカウント所有者が実在の人物である可能性は低く、プロフィール画像は初期設定のまま、またはストックフォトであることが多い。プロフィールが記載されていることは稀で、今回のオペレーションに関するトピック以前のコンテンツを投稿した履歴はほとんど見られなかった。

またそれらアカウントにはフォロワーはほとんど、あるいは全くおらず、エンゲージメントもほとんど、あるいは全くみられなかった。最初のデータセットには31,269件のツイートが含まれ、その97%以上はエンゲージメント(「いいね」、返信、リツイート、引用ツイートの合計)がゼロであった。2019年と2020年のものを含め、他の多くの親中国共産党キャンペーンも同様にエンゲージメントが欠けている。2020年のケースでは1ツイートあたりの平均エンゲージメントはわずか0.81(いいね、コメント、シェアが1つ未満)、1アカウントあたりの平均エンゲージメントは23.07だった。

これらのネットワークや欧米のSNSにおける中国共産党支持派の活動で最も注目すべき点のひとつは、戦術的には反復的で持続的でありながら、エンゲージメントが低いということである。私たちが調べた特定のアカウントをTwitter社が削除した数週間後には、似たようなプロフィールと投稿パターンを持つ数百のアカウントが確認された。他の研究者も我々が分析したのと違うネットワーク上の数千のアカウントによる同様のパターンを指摘している。

「他の研究者による」として示されている例(訳者追加)

これで本当に成果がでて広がるとも思えないのに、なぜ毎年同じ戦略を繰り返すのか?親中国共産党派工作がこれほど頻繁でありながら、エンゲージメントが低い理由は何なのか?ここでは、3つの仮説を紹介したいと思う。

1.SNSプラットフォームによる取り締まりが親中共キャンペーンの拡大を制限している可能性

構築したオペレーションネットワークが削除されるたびに、運用者は新しくフォロー関係を再構築してやり直さなければならない。もし宣伝担当者が自分のアカウントがすぐに削除されると予想した場合、ペルソナの開発には時間をかける価値がなくなり、一定の領域(または特定のハッシュタグ)に大量の投稿を殺到させて気晴らしをすることがより最適なオプションであると判断する可能性がある。フォロワーやエンゲージメントの不足は、プラットフォームによる防御が有効であることを示すサインといえるかもしれない。

しかし、より悲観的な読みかたも可能である。プラットフォーマーがこうした影響力工作の削除をメディアが取り上げるようなかたちでほぼ毎月のように発表することの想定ロジックの1つは、それが抑止効果を持つことである。例えば、Facebookのセキュリティチームのメンバーは、「国内外の(影響力工作)活動に対して公にレッテルを貼られ、削除されることにはレピュテーションを落とす効果がある」と書いている。しかし親中国共産党の影響力工作がそのエンゲージメントの低さにもかかわらず頻繁であることは、こうした取り締まりが実際には行為者を抑止できていない証拠と見なすこともできる。彼らは単に再生産し続けるだけだ。

現状では政治的なアクター(行為者)のレピュテーションへのダメージが彼らの行動を実際に変えるに足ることを示す研究はあまりない。ロシアのInternet Research Agency(IRA)や中国共産党の工作員など、同じアクターがモグラたたきのように取り除いても取り除いても同じような行為を続けるという事実からは、抑止効果が働いていない、あるいはコストに見合う効果はあると考えていることを示唆しているといえる。

親共産党的なネットワークが削除された後も繰り返し再出現し続けるという事実からは、プラットフォームの取り締まりだけではすべての影響力工作を一掃するには不十分であること、またはアカウントの作成が比較的容易なプラットフォームでは、ある程度の影響力工作が必然的に存続することを示している可能性がある。

2. KPIと組織構造が低エンゲージメントなオペレーションにインセンティブを与える可能性

組織には従業員や自らの成功をどう評価するかという指標(KPI)が必要だ。国際安全保障の分野での既存の研究では、同じ政府内の部門や機関が異なる指標を使って成果を評価すると、成功か失敗かの判断について大きく異なる結論に達することがあることがわかっている。またこれらの指標によってその振る舞いへのインセンティブが生まれる。従業員が自分の評価基準を知っていれば、それに最適化されたようにふるまう可能性がある。

影響力工作の効果測定は非常に難しい。SNSコンテンツの閲覧による人々の実際の態度や行動への影響と変化を追跡したり、影響力工作自体の効果と人々の既存の信念やその他の要因と区別することには、しばしば困難が伴う。そうした事から、従事者は投稿やアカウントへのエンゲージメント数ではなく、運用した投稿やアカウントの数で評価されている可能性がある。

例えば中国国内のSNSプロパガンダに関する研究によると、政府はいわゆる「五毛党」(一般のSNSユーザーのふりをしながら、政府の指示で投稿するようお金をもらったインターネットコメンテーター)を使って、数億件にも及ぶ投稿を製造している。そこでは直接党への批判に反論するのではなく、「世論を誘導して話題を変える」ことが行われている。Twitterでの大量かつ低エンゲージメントのキャンペーンは、この国内戦略の海外版と理解できるかもしれない。

これは、ロシアのIRAが運営するアカウントがアカウント名や話題を変え、エンゲージメントが高いオーディエンスにとって最適なトピックやパーソナリティを探っているように見えるという研究者の観察とは明らかに異なるものである。IRAのアカウント「Army of Jesus」は、2015年から18年の期間において、IRA関係として最もフォロワーの多いアカウントの1つとなったが、当初カエルのカーミット、次にシンプソンズに関するネットミームのページとして始まった(訳注:この辺りの事はこの記事の共著者であるReneeも参加して執筆されているこちらの”The Tactics & Tropes of the Internet Research Agency(リンク先は直接pdf)”P64付近に詳しく記されているようだ…ななめ読みしただけだけど)。

上記の論文の目次。本記事の主題とは離れるが興味深い(訳者追加)

もしエンゲージメントが重要な指標でなければ、宣伝者は質より量に投資し、フォロワーを増やしたり、ネットワーク内でアカウントを効率的に宣伝するよりも、意図したメッセージを持つアカウントやツイートを大量に生産することに集中すると思われる。親中国共産党派の影響力工作は多くのアカウントをつくり、またそれらの削除後に再生産されるかもしれない。なぜなら工作従事者たちが持続性ではなく、投稿数に基づいて支払いを受けているからだ。

ここからの派生として考えられるのは、中国共産党がこれらの非常に類似したキャンペーンを実行するために数多くの工作従事者を雇っており、それぞれがオペレーションごとに(またはそれぞれのクライアントの要求に応答して)ゼロからアカウントを作成しなければならないということかもしれない。従事者たちが特定のキャンペーンに対して報酬を受け、その依頼に基づいてネットワークを構築する場合、築かれる新しいネットワークは実質的なフォロワーを持たないものとなると予想される。さらに、中国共産党が外国における宣伝キャンペーンを様々な業者に委託している場合、ある運営者を検知しても他の運営者を排除することに繋がる見込みは薄い。

我々は最近、中国共産党がこうしたオペレーションを外注している実例を見ている。12月2日、Twitter社は初めて中国国内の独立した組織が影響力工作を行ったと認定した。Twitter社によるとそれは「新疆ウイグル自治区政府の支援を受けた」民間の制作会社、昶宇文化(Changyu Culture)である。同様にFacebookは最近、民間情報セキュリティ企業である四川无声を影響力工作と紐づけている(訳注:「実在しないスイス人の生物学者」の情報を拡散していたとして名指しされた件。こちらがMetaのプレスリリース)。

(訳注:ちなみに昶宇文化についてはASPIが今年3月に出したレポート”Strange bedfellows on Xinjiang” P11~で言及されており、そちらから中国語名称をとった。一応記しておくと、ざっと見た限り他にこの会社について触れた報告は見当たらず、もし本文中の「支援を受けた」がこのASPIのレポートを根拠としているならちょっと言い過ぎとも感じる。なぜならこのレポートで言っているのは単に「政府系の資本が入っている出版社が公開入札で募集した映像制作を昶宇文化が受注している」ということ、つまり取引関係があるというだけだからだ。登記上も少なくとも明らかな政府系の資本は入っていない。取引として受注していただけだったとしても、事実関係に大きな影響はないが…)

これら最近になって関連が判明した外注組織は氷山の一角にすぎず、TwitterとFacebookが最初に発見し、公表したネットワークであるだけの可能性がある。偽情報分野の研究者は、国家機関がこうしたキャンペーンをPRやマーケティング会社に委託するケースが増加していることを発見したということはできるだろう。

しかし外注は必ずしもエンゲージメントを高める努力の放棄を意味するわけではない。エジプトとアラブ首長国連邦のマーケティング会社との関連が示唆されるオペレーションに基づいて作成されたFacebookページは、1370万人以上のフォロワーを擁する。

また他国の国外プロパガンダ戦略の進化も目にしている。例えばロシアによるオペレーションがインハウス(ロシア軍情報部が運営)から民間に(つまりIRAに)委託され、第三国を経由し、対象国の善意の(背景に気付いていない)市民を雇っている。中国共産党に当てはめると、昔の契約は投稿やアカウントの数に基づいていたが、これからはオーディエンスのエンゲージメント、本物のフォロワー数、プラットフォームでの寿命など、SNSマーケティングの専門家が使うリーチや影響力の成長を測る、より典型的な指標に基づくものになる可能性がある。

3. 中国共産党は(まだ)Twitterのアストロターフィングをあまり重視していない、あるいは得意としていない可能性

オッカムのカミソリ(訳注:物事を立証する論理はシンプルであればあるほどいい) 的に考えれば、もっと単純な筋書き、つまり中国共産党がまだTwitterでの秘密作戦が得意でないだけ、ということも考えられる。偽SNSアカウントを使って特定の意見が広く支持されていると錯覚させるアストロターフ(訳注:直接は人工芝のことで、転じて人工的に作り出される偽草の根運動の事を指す)は、数あるプロパガンダ戦術の一つに過ぎない。中国共産党は、放送、印刷、デジタルの各分野で、数十年にわたって培われた国際的・対外的なプロパガンダ能力を幅広く有する。例えば、China Dailyは他の新聞に有料で折り込み広告を掲載しており、CGTNは多言語で様々な地域の支局を運営している。

Twitterでは、中国共産党は外交官の「戦狼」アカウントに投資する方が、秘密裏に世論操作活動を行うよりも効果的だと考えているのかもしれない。あるいは「戦狼」の効果を増幅させるために偽アカウントを使って大衆の支持が大きいかのように見せかけるような、表と裏のブレンドもあり得る。AP通信とオックスフォード・インターネット研究所の調査によると、中国外交官の投稿を拡散したアカウントは、後にプラットフォーム操作(信憑性に疑義がある)を理由にTwitter社から停止されることが多い。ほかにもYouTubeのインフルエンサーを活用するなどの他のチャンネルを優先させていることが、こうしたTwitterアカウントのリーチが比較的控えめであることの説明になる可能性もある。

もしそうであれば、憂慮すべき事態だと言える。中国共産党の膨大なリソースと比較的安価な労働力から考えれば、戦略の漸進的な変更がフェイク情報工作の全体像に大きな変化をもたらす可能性があることを意味する。つまり中国共産党の影響力行使がより巧妙になれば、SNSプラットフォームはより大きな課題に直面することになるかもしれない、ということになる。

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リアルタイムでこうした秘密行動を評価する場合、慎重にならざるを得ない。「酔っぱらいの誤謬」あるいは「街灯効果」とも呼ばれる(人は最も入手しやすい場所にあるデータを探す傾向があるという現象)の影響を受けやすいかもしれないのだ。敵対的行動の能力をプラットフォームの取り締まりだけで判断すると、系統的なバイアスにつながる可能性がある。

最近のTwitter社の取り締まりで発表された新疆ウイグル自治区に関連するオペレーションが摘発された理由がその杜撰さであったということはいかにもに聞こえる。12月2日にTwitter社が削除した中国政府に関連するとされるネットワークでは、同一のテキスト(または「コピペ」)の後に、大文字4文字のランダムな文字列やコードのスニペットが使用されていた。ニューヨークタイムズとプロパブリカによる削除前のこれらのアカウントのサブセットの調査では、これはツイートがコンピュータソフトウェアによって杜撰に投稿された証拠である可能性が示唆されている。

今回発見されたネットワークがその杜撰さゆえに発見されたのであれば、より巧妙な影響力工作も存在する可能性がある。オープンソースの調査者が観察したアカウント復活のダイナミックさ頻繁さはこうした一連の工作活動の中の特に質の低いものに特有な現象である可能性もある。これらへの調査のみを元に中国の影響力工作についてより広範な主張または評価を行うことには一定の謙虚さが求められるだろう。

それでも、これらの取り締まりは努力と結果が一致しないことを思い起こさせる価値があるとはいえるだろう。中国共産党は新疆ウイグル自治区に関するメッセージをTwitterの英語圏におけるオーディエンスに広めるために何千もの偽アカウントを運営しているかもしれないが、さらなる証拠がない限り、それらが実際にオーディエンスに認められているかは判断することが出来ない。