10月24日、日経新聞などに「中国でニセ展覧会 草間さんら、法的手続き検討」という記事が出た。展示されている作品はすべて偽物で当然無許可だという。最近なかなかない、往年の中国らしい堂々とした風格を宿したやり口ではないか。
調べてみると湖南省長沙ではまだ開催されている。上海で警告を受けて中止になったというのにまだやるというのはどこまでバカ大胆なのだろう。よし、ここはひとつ現場に…と思っていたのだが、まことに残念なことにタッチの差で中止されてしまった。どうやら日本での報道が逆流し中国でも少し話題になったことでさすがにまずいと思ったようだ。

湖南省長沙での展示のポスター(10月26日頃チケット販売停止)

行われていたニセ展覧会の中身

日経の報道にあるように、この展覧会は1か所だけでなく、既に多くの場所で行われてきている(ちなみにおそらく記事の情報は正確ではないので、文末にまとめてある)。その会場のひとつ深圳の様子を紹介した主催者の発表文から、どのようなイベントだったかをまず紹介しよう。会場は4つのエリアにわかれ、作品の展示と体験コーナーの組み合わせになっている。

まず第一は、草間彌生のシンボルともなっている赤いドットでデザインされた部屋。ここでは4つの作品と8つの派生作品(袋や書籍、絵葉書など)を展示している。

二番目はドットのイメージを使った「镜面世界」という体験コーナーだ。鏡が置いてあり、自撮りができる。

三番めは「ひまわり芸術回廊」と名付けられた村上隆の作品展示エリア。

五百羅漢図も展示されているとのことだが、森美術館で個展を行った時の紹介では100mを超える作品だったはず…(余談だが当時のpdf目録によると本物は海外の個人蔵。どこかの石油王が買ったという噂は本当なのでしょうか)。

4つめ、最後はドットインタラクティブエリアと名付けられていて、ドットのシールを壁に好きに貼って撮影できるようになっている(これは後述の広州のイベントにも存在したため、後段で改めて紹介する)。日本の個展でもあったというオブリタレーションルームと同様のものだろう。これも”The Obliteration Room”というオーストラリアのGallery of Modern Artが所蔵する作品とのこと(10/29 21:00 追記)。

そしてこの深圳のイベントに関するほかの公式記事には「日本の」芸術愛好家が寄せた、とても味のある日本語のメッセージが掲載されている。

百度翻訳だと「日本の草間弥生、村上隆人はアーティストとして有名で、不思議な作品をここで見ることができ、芸術家の予告を見て、早く見たいと思っています。」となる。

 

広州会場に行ってきた

粤海仰忠汇内部。5階の展示が大きく宣伝されている。

このイベントについて調べる過程で、これらの展示の主催者がMO2art(微充氧艺术)という会社で事務所は広州に存在すること、同社が広州の旧市街地、北京路にある粤海仰忠汇というショッピングモールにi-M Galleryというスペースを所有し、現在も草間、村上の作品を展示しているということが分かったので、実際に訪れてみた。これは名前こそ違うものの、おそらく日経の記事で「広州でも行われている」と指されていたものの事と思われる。
実はこの問題が発覚した後、主催者側は「この広州のイベントで展示されているものは正規の許可をとっているので、ネット上に根拠のないうわさを流す奴には法律的に追及する権利を保留します」といった強気の声明を発表しており、その「本物」がどんなものか見たかったという気持ちもあった。

主催側からの告知文。3者の「版画」について、それぞれ合法に権利を所有していると主張。

広州でのこの展覧会は村上・草間の2人展の体裁をとったほかの会場とは違い「Hello World of POP」と名付けられ、この二人以外にもアンディ・ウォーホル及び「単独授権芸術家」としてNoemi Ibarz Merce, Olivier Leogane, 林洁贞利Joyといった名前が並ぶ。この3人はウォーホルや村上、草間と並ぶような大物なのだろうか。

1Fに用意された自撮り用のブース。それぞれ作家ごとのテーマになっている

展示会場はモールの5階にあるが、1階入り口付近のいわゆる特設スペースにも関連の展示が置かれ、色々な意味でドキドキする。

Murakami “”akashiさんのテーマ。ドキドキする。隣のウォーホルも、キャンベルと二重の意味で罪深い気がするが、気のせいかもしれない。

5階に上がると他会場と同様4つのエリアに分かれている。ちなみに入場料は40元(650円ほどか)、モール内で200元ほど買えば無料券がもらえるが、高い。

アーティスト紹介パネル
作品を展示する会場。近くに寄ると係員に撮影を止められるので遠間になっているがご勘弁願いたい

展示されているのは単なる複製品と関連グッズでは…

まず最初は草間&ウォーホル、および他アーティストの作品展示コーナー。

「展示品」には松本市美術館の文字が…

次が村上の作品(の複製)のみで構成されたコーナーだ。

この通し番号は…複製品?

美術方面の法律にまったく詳しくないのだが、このように単なる複製や美術館のショップで売っているものを展示して金をとっていいものなのだろうか?「本人の作品とは一言も言っていない」と言われればそうなのだが…。とはいえ、どう主張しようと他人の著作物を使って営利行為を行っているのは確かで、少なくとも日本の法律(著作権法だろう…見たところ「展示権」は完全に侵しているように思える)ではアウトのはずだ。
冒頭の声明でもこの主催者は版画の正当な所有権を主張している。しかしそもそも「複製作品の所有権」と「他人の著作物で勝手に商売を行っていいかどうか」は別である…という点が問題な気がするが、中国の関連法規ではどうなのだろう。細かい条文がどう違おうと理念に反しているはずで、それならば何かにはひっかかるはず…とは思うが、法があっても適切に執行されないという事も多いのが中国で、そのあたりは正直わからない。

口数が少なくなる自撮りコーナー

本題に戻って、残りのふたつのコーナーは「作品」ではなく主催者が勝手に草間水玉をインスパイヤして作った自撮り用の部屋だ。まず最初がシールの部屋。これは「巡回展」にもあるコンテンツで、冒頭書いたようにおそらく日本の展示にも組み込まれていたオブリタレーションルームがGallery of Modern Art所蔵の作品、The Obliteration Roomが元だろう(10/29 21:00追記)。
これがどういうアイディア(これをアイディアというならだが)なのかはすぐにわかるが、どうみても子供用でしかない。あまりに貧相で部屋に入ると自然と口数が少なくなる…ということもそうだし、これがもし日本のオブリタレーションルームということであれば、草間彌生のモチーフの盗用のみならず、この企画を考えた会社の権利も侵害しているという事になる

入り口で渡されるシールを部屋のどこに貼ってもいい。
上海の宣伝資料より

そして、最後が「神奇鏡屋」と名付けられた真っ赤な水玉部屋。草間彌生コスプレ用のカツラが用意されたこの部屋も、救いがたいチープさが漂う。

何でもそうだが、モチーフがシンプルであればあるほど、残された要素に精力を注がないと非常にチープに見えてしまう。それを身をもって教えてくれるのがこれらのコーナーだ。施工側の「金をかけないで作れてよかった!」という思いがビシバシと伝わってくる。

「触るな」とわざわざ書いてある中央の球体はおそらくバランスボールに紙を貼っただけで、半分剥がれていた
「道具は撮影用につかっていいですよ」って草間氏のコスプレをどうぞとでも言いたいのだろうか…
巡回展の会場写真より。すこし様子は違うが、要するにこういうことなのだろう。

以上が広州の展覧会の内容だ。ここまで書いて思ったが、もしこれが「複製原画・グッズ展」として無料で行われていたら、そこまで問題視されなかったのかもしれない。
僕が見たのはあくまで今問題とされている「二人展」そのものではない。しかしこれらを見るに、おそらく日経ほか日本のメディアで書かれている「偽物」「贋作」という表現は正確ではなく、問題は複製品やショップで買えるようなお土産を集め、勝手に作った低レベルな二次創作とくっつけて作品展と銘打っていたということだろう。

異なる主催者による過去の二人展

実は、まったく違う主催者による二人展が16年11月に重慶で行われている(日本語でもレコードチャイナが記事にしている)。こちらは地元のキュレーターが企画し、重慶市民向けに無料で開放されたらしい。報道を見る限りでは内容は普通の原画展のようだ。

当時の報道より、重慶でのコラボ展の模様
2016年重慶のチラシ

また、検索すると2011年にも北京の野田当代画廊でこの二人の作品の展覧会が行われたことがわかるが、かなり前の事でもあり、あまり情報は残っていない。

2011年北京のチラシ

あらゆる意味で「ついていけていない」事が露呈した広州…とは言いたくないけれど

自主制作の部屋のクオリティを見ればわかるように、またもし確信犯であれば日本人に見られる可能性が高い上海で興行を行うことは考えづらいといったところからも、要するにこれはレベルの低い田舎のプロモーターが古い感覚で雑に興行をうってみたら思いのほか続いてしまった、というだけのものである可能性が高い。

10年前ならばいざしらず、都市部に住んで外国人と交流するような中国人であれば、こうした事は恥ずかしいことであると知っている。しかし中国は広いし、すべての中国人がそうした感覚をもっているわけではない。そうした感覚を持たなくてもこういうビジネスに入ってこれてしまうのも一方の事実だ。

今回個人的に少しショックなのは、主催会社が僕の根拠地のひとつでもある広州の会社だということだ。
上海と長沙で中止に追い込まれ「偽物だ」と中国語で報道が出た後でも的外れな声明を出しながら地元広州でイベントを開き続けるのは、おそらくアート専門の会社を名乗る主催者がその実、何故怒られているのか本当に理解できていないことが原因なのだろう。

こう言っては何だが、これが田舎の会社が田舎で起こしたことであればそういうこともあるよな、と思わなくもない。中国は広いのだ。しかし広州は腐っても中国有数の大都市であったはずだ。
近年、広州は経済面ではタグボートであった香港の地位低下によって存在感を失い、暮らしていても2010年以降の新しい中国への非連続的な変化についていけていない事を感じることも多い。しかし今回の事件は広州が経済だけでなく、文化や権利意識といった面でも上で書いたような「こうした事を恥ずかしい事だと知っている」人ばかりでない、あらゆる意味で遅れた地域であるという事を残酷に表しているように思えるのが悲しい。

おまけ:その他のツアー日程

検索などで辿れる情報を元に、広州を除く展覧会ツアースケジュールの一覧を作成した。なお、冒頭で紹介した日経の記事内で草間側の弁護士は「期間は18年4月から、場所は深圳、広州、武漢、上海」と述べているが、こちらで入手できたのは以下の情報で、相違がある。
森濱田の北京事務所主席代表が法的な手続きにまで言及した上で提供している情報なので記事の情報が正しく検索で得られる情報に限界がある…という事だと思いたいのだがどうだろう。なお、一部リリースには新疆でも展示を行ったという記述があるが、場所と開催の記録が確認できなかったため、省いている。

天津 银河国际  2017年4月16日 – 4月30日(人民网に日本語記事
苏州 丰隆城市中心 5月20日 – (終了日不明)
深圳宝能all city 11月26日 – 12月10日
青岛 海信广场  2018年3月23日 – 4月6日
武漢 东原·乐见城 5月26日 – 6月9日
淄博(山東省) SM广场 9月8日 – 10月7日
长沙 海信广场  9月19日 – 11月8日(中止)
上海LuOne凯德晶萃广场  2018年9月22日 – 2018年10月21日(中止)

※なお、上海のビジュアルについてはおそらくこれだが、リリースに含まれていないようで、正式と判断できる素材は見つけることができなかった。

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