造物节Maker Festivalに参加するのは3回目だ。初回は上海で行われ、残念ながらその時は知らずに参加できなかった。そして第2回(アリババの巨大メイカーイベント「造物節」現場レポート)、第3回(文化祭感あふれるアリババ「淘宝造物节Taobao Maker Festival 2018」現地レポート)も参加し、ここでとりあげた。その比較も交えつつ、本記事では今年の様子を取り上げたい。

普通のイベントに近づいた?今年の造物節

率直なところ今年の造物节はその異形感が薄れ、普通のイベントに近づいた気がする。それは良いとか悪いではなく変化、という事ではあるのだが。全体は①潮流、②科学技術、③国風、④アート&デザイン、⑤美食、⑥非遺、6区画に分かれている。メイン会場は杭锅老厂房。多くのイベントが行われる古い工場跡地だ。

公式発表などなにもないので個人的な理解にはなるが、淘宝造物節は淘宝が同じアリババ傘下のECサイトであり超巨大お買い物の日「双11」を持つ天猫との差別化のために行っているイベントだと思う。
天猫双11はオールターゲット向けのお買い物イベント、基本的に値段が強調されるいわゆるセールを規模感で売っていくものだ。この造物節はそれとの対比として、「面白いものを買える若者向けプラットフォーム」としての淘宝のエッジを示すものだろう。

それは同時に、既に(中国のブランドとしては比較的)長い歴史を持つ淘宝のブランドとしてのアンチエイジングでもあったはずだ。だからこそ、そこで売られているものはたとえ現実の淘宝の商品としては異端であったとしても「未来の淘宝の理想の姿」を現しているものになるべきだった。

バーニングマンになりたかった?

以前人づてに、第2回のイベント責任者はこの造物節を中国版バーニングマンにしたいと言っていたと聞いた。バーニングマンは米国で行われるなんとも形容しがたいイベントだが、会場となる砂漠では参加者が提供する様々なアート展示やバー、教室などが行われ、それらはすべてが参加者による自発的、贈与的な行動でモノや貨幣による対価を必要としないという。

米国で行われるバーニングマン

バーニングマンと違い造物節はアリババというれっきとした営利企業が主催者だ。それでいて必ずしも会場での商品の売上を求めないとはいえ、貨幣経済を否定するムーブメントに近いバーニングマンを例に出すのはかなり飛んでいるのも確か…しかし、この話を聞いて結構「淘宝が目指すもの」について腹に落ちた気がしたのもまた事実だ。

ただ、第2回の中心だったというこの人物は残念ながらその後退社したとのこと。そして時が過ぎ、確かに去年の第3回はまた方向性が変わったように感じた。それは会場が屋外になったからだけではなく、恐らく手工芸品やぶっ飛んだものが減り、無難に面白いものやレトロなものが増えたことが原因だったように思う。それが悪いわけではなく、むしろアクが弱まってもっと皆が楽しめるものになった、と言えなくもない。それを去年は「文化祭」という言葉で表現した。

今年はそのアクがさらに弱まったように感じる。それをさらにマスに受け入れられやすい形になったというべきなのか、個性が薄れたというべきなのか、難しいところではある。つまらなくなった、というわけではない。むしろイベントとしての完成度は上がっているのではないかとも思えるのだが。

しかし、いまの造物節が最早バーニングマンを目指しているのではない事は確かだ。

「国風」の伝統と革新

この造物節のターゲットでもある90后の若者たちのトレンドを考える時に、よくキーワードとして提示されるのが「伝統文化の再評価」や「国風」といったものだ(このあたりについては以前Newsweek日本版様に書かせていただいた記事にくわしく書いた)。簡単にいえば、経済的にも満たされてきた時代に生まれた中国の若者たちが自らの母国である中国のアイデンティティについてプライドをもって接しはじめているといった内容だ。

これと対照的なのは、もう少し上の世代の富裕層などにみられる例えば日本の伝統文化の中に中国古代文化の残滓を見て感慨にふけるようなタイプだろう。彼らは自分の国にいてはそのすばらしさを探すことができず(もしくは「自国に残されたもの」というだけで何か一等低いもののように理解し)、隣の島国までわざわざ出かけて自国文化のすばらしさに触れるのだ。

国風ゾーン

国風、つまり中国風は若者の間で起こる伝統文化の見直しの機運を表す言葉のひとつで中国伝統文化やそこから生まれる製品の事を指す。今回同じく6つのテーマのひとつにはいっている「非遺(非物質遺産=無形文化財)」とかなり似た概念だ。きちんと整理されて使い分けられているわけではないし混乱気味ではあり例外も多いが、非遺はパフォーマンスや演奏などが多く文字通り形のないもので、国風は服や伝統工芸品などの「もの」と理解してよいだろう。

昨年も例えば笛の実演や楽器の販売などいくつかの国風関連の出店が見られたが、今回はそれが明確にテーマのひとつに格上げされ、ゾーンを持つに至った。また、残念ながら見る事はできなかったが、会期前半には西湖沿いの別会場で非遺をテーマにしたパフォーマンスなどが行われていたとのことだ。

会場内の漢服の展示。時代別などに分かれ多くの作品が展示されていた

仏像製作者、藍染め、刺繍、金属加工など多岐にわたる出展があったが、面白かったのは展示内容だけでなく、そのいずれもに小さいながら無料の体験コーナーが用意されていた事だろう。

仏師が木の彫り方を教えてくれる

例年に比べ会期が長い今回、出展者としても正直たいした売上にもつながらないイベントにこうした実演者を派遣する事は相当な負担であると思うが(恐らく主催者側も応分に負担しているのだろう)、それでも普段触れることのできないこうした体験の場を提供するという事は非常に有意義な事だろう。

国風の各ブースはこうした伝統的な技術技法の紹介だけでなく、「革新」「現代的要素をどう取り入れたか」も考慮する事を主催者から求められる。

例えば、刺繍を展示していたこのブース。

従来の作り方で作られた作品。職人の分業で作るため、モチーフは同じでも厳密に細部をそろえる事は難しかった

ここの新しさは製造工程にある程度の工業化・標準化の考え方を持ち込み、従来の職人頼りの手法では難しかった作品のブレを減らしたことにあるという。

刺繍をあしらったBluetoothスピーカーなど

こうしたプロセスを経て、さらにその刺繍をBluetoothスピーカーやポーチ、手帳など現代の生活で使われるような小物や雑貨に採用し、商品化しているのだという。

ミャオ族の衣服を応用した作品を展示するブース。左側で伝統衣装を展示し、右側が彼らの作品。

また、少数民族「ミャオ族」の伝統的な衣服に使われる加工を現代化した作品を手掛けるブースでは、糸や素材は現代の物を使いつつ、デザインや意匠は伝統的なものを採用する事で当地の伝統文化の継承者たちの仕事を作り、経済を回すことにもつながっている。誰にも求められないものは続いていくことができないという意味で、単なる保護から一歩踏み出し需要がある場所を求める事は生き残るためには必要な事だろう。

アニメタッチで古代の神様を描いた作品を、漢服の女性が一眼レフで撮影する

正直、展示してあるものを見てもデザインの水準は高いとは言えないものも多い。いまは理念が先行しているような状態と言ってもいいだろう。この先にそれが花咲く日が来ることを願おう。

人工肉やロボットに見る科学技術の「見せ方」

事前の宣伝などで最もフォーカスされていたのが人工肉や機械仕掛けのサメ、強化外骨格などのハイテク分野だろう。ここからはそれを紹介する。

人工肉は、植物タンパクから作った肉だ。会場ではミートボールとハンバーガーが一定数配布されていたので試食したが、ハンバーガーはソースやバンズの味で食べられる味とは感じたものの、ミートボールは肉を期待するとちょっと厳しいかな、というのが正直なところ。

ゲスト出演;高口康太さん feat人工肉

ただ、我々はどうしても元々ある牛肉や豚鶏肉を想像しながら人工肉を食べて好き勝手言うが、今回の出展物はそもそもが植物タンパク由来であり、肉ですらない。人によって羊や鴨、カエルや蛇の肉を美味しいとおもうかどうかは色々あるのと同様、人工肉だって「新しい肉」として味の基準は考えられてもいいのではないかな、とも思った。

その他出展されていたハイテクは、純粋に技術の面で新しいというものではなかった。「強化外骨格」と謳われていたものはおそらくサイバーダイン社などが以前から開発しているようなサポートギアにみえるし、筆をもって傘に絵を描く機会や楽器を演奏するロボットなども、前からメディア報道などでは目にするものだ。

しかしそういったものが一堂に会し、実際に体験できる事にワクワクするというのもまた事実だ。前回も書いたようにそもそもここは新技術の発表会ではなく、それをどう面白く見せられればいい。

「ハンドメイドの出展」が減り、販売導線が強化

出展を規模や売り上げだけで選ばない、というのは一貫している。しかし以前は淘宝側が選んだものだけだったのが、近年は応募制も採用されているようだ(たとえばここなどで出展要項を見ることができる)。その結果なのかはわからないが、まったくの個人が自分の作品を展示しているような出展はかなり減ったように思う。

また、公式ページ下部を見ると別に会場に出展しているわけでもない商品が並び、共同でキャンペーンを実施している。

同時に、会場内の各ブース脇に恐らくコンビニなどで導入が進む「蜻蜓(トンボ)」と呼ばれる支払いデバイスが配備されており、そこを通じて商品を顔認証で購入できるようになっていた。こうした購入への導線強化もまた、今回の変化点ではある。

会場内各所に顔認証支払いデバイスが。

造物節はそれなりの規模のイベントで出費も小さくはなく、もういい加減4回もやっているのだからすべてを持ち出しでやる時期は過ぎた、少しは金を稼げと社内の偉い人が思った…かどうかは定かではないが、こうした「商業化」が以前のようなおもちゃ箱感を失わせたという面はなきにしもあらず、だろう。

ただ現実的に、イベントとしての継続性を考えれば収入源はなにかしら必要だ。毎年それなりの大手スポンサーを得ているし、今年は会場外部の広場に饿了吗(を通じたマクドナルドとピザハット)に実際に宇宙へ打ち上げたロケットを展示させ(「ロケットレストラン」等と煽り気味に報道されていたが、実際のところテントの中での飲食物提供と、その外にロケットが展示されているだけで特に両者に関連はない),動画の哔哩哔哩や物流の菜鸟、旅行の飞猪など、グループ会社総出だった。おそらく彼らにも資金を提供させることである程度収入を安定させようという試みであったのだろうと思う。

来年の造物節はどうなるのだろうか。会期がこれ以上延びるとも思えないので、今後複数地方での開催は視野に入ってくるかもしれない。例えば当地の特産物などを新しい形で売っている人たちを発掘し、その人たちの中からさらに選び、時期を少しずらした別会場同士で相互に紹介しあう…等仕掛けは色々考える事ができる。

杭州はアリババの本拠地ではあるけれども、例えば双11の前夜祭&売上実況イベントも毎年上海で行われているし、そもそも造物節だって、初回は上海で開催したのだ。