11月8日は「記者の日」とされ、教師の日やなどと並んで記者に感謝する…というわけではなく、女性の日と違って半休になるわけでもない、地味はあるがともかくそんな日なので、それを記念して(なのかはわからないが)、メディア業界専門の「记者的家(記者の家)」という公众号が優秀な報道を表彰していたので、受賞作・者を紹介する。
以前も何度か取り上げているように、中国全体で元々少ない「ジャーナリズム」というものは、どんどん衰退していっているのが現実だ。しかしそんな中でも頑張っている人はいる…とはいえ、それなりに注目しているはずの僕ですらここに並ぶ受賞作はまったく見たことがなかった。自分だけを基準にするのはよくないことと思いつつ、でも実際に社会への影響力が衰えているんだろうなと感じざるを得ない。反省の意を込めて?紹介したい。なお訳出したのは各部門の1位のみ、入選作は割愛した。
個人的には、いわゆる報道機関に属さない自媒体が受賞している点が興味深いと感じている。しかもその中には朋友圈内での発表というものまである(仕組み上その人の「朋友」でないと読むことすらできない)。一般的に胸を張って「調査報道」「ジャーナリズム」と言えるような報道は商業的な成功と結び付きづらく、大手報道機関のいわばブランディングのような形で行われているのが現状だと感じているからだ。少人数で運営される自媒体にそのような余力は当然ない。おそらく他に収入源を持っている人でないと続かないだろう。
また上記とも関連するが、受賞したのがいわゆる調査報道の老舗的なメディア(例えば南方週末であったり、新京報であったり)に所属する記者に限らないというのも、ポジティブにとらえればその広がりといえなくもないが、おそらく単純にすでにそうしたメディアの実力・組織力がこうした気合が入った個人とそう変わらないレベルにまで落ちているというのが実態なのではないかとも思わされる。
実質27作品の応募で12の受賞作という点には注意が必要だろう。この记者的家自体は業界内でそれなりに知られた専門媒体ではあるが、賞としてはかなり小規模であることは否めない(賞金は2.48万元≒44.6万円)。とはいえ(もちろん断言はできないが)、恣意的に選ばれた可能性があるというよりは、単に総人口14億人の中国で調査報道従事者が175人しかいない、という絶対数の少なさが報道自体の少なさに繋がり、そして応募作も少ない…ということな気はする。
関連記事:新型コロナと調査報道についてはNewsweek日本版に寄稿させていただいた「新型肺炎で中国の調査報道は蘇るか」を、中国における調査報道従事者の現状に関する大規模な調査結果を紹介した「中国における「調査報道記者」の実態」をご参照いただきたい。
なお、数日後にこの記事自体が閲覧不可能となったのは皮肉としかいえない(下記リンクは転載先)。
第三回「記者の家」ニュース賞受賞リスト
出典:第三届“记者的家”新闻奖获奖名单(记者的家 11/28)
11月26日午後、4名の業界、学術界からの委員で構成される評議委員会は検討の結果、第三回「記者の家」ニュース賞の受賞対象を決定した。今回は29人がエントリーし、そのうち2名は期日後であったため評価対象から外れた。5つの部門中、ノンフィクション作品賞と傑出したジャーナリスト部門への申請は比較的少なく、社会重大事件報道部門が最も多かった。
今回から公共サービス部門が新たに追加された。ピュリッツァー賞の公益部門の基準を参考にしながら、報道(作品)が公共サービスに影響を与えたかどうかを重視する。注目すべきは、本年この部門を受賞した3つの作品は、すべて自媒体で発表されたということだ(その内1つは微信の朋友圈で発表されている)。
本年度遺憾だったのはノンフィクション部門での受賞がなかったことだ。多数の評議員が大賞に該当する作品がなかったと判断し、入賞も1作品にとどまった。
鄭州の暴雨と水害が今年報道においてもっとも注目された。3つの応募作品がこれに関連し、最終的に2作品が賞を獲得している。
12名の受賞者の皆様おめでとうございます!以下が具体的な入賞作品の名簿と入選理由になる。
公共サービス部門
受賞は褚朝新の《盘锦虽小,但不能成为法外之地(和訳:盘锦は小さいが、法の外の地なわけではない)》《再给盘锦公安普普法(和訳:盘锦警察に法律というものを教えてしんぜる)》シリーズの記事。
授賞理由:2021年7月31日、弁護士であり以前著名なメディア業界人でもあった周筱赟が寻衅滋事罪(訳注:騒乱挑発罪と訳されたりもするが、タチの悪い公務執行妨害のような形で、とりあえず根拠なく誰かを捕まえたいときによく使われる)で広州から遼寧省盘锦市の警察に連行された。警察は微博で「盘锦警察は滕德荣が関わる犯罪集団に関する捜査の過程で、滕の息子滕若寒および弁護士の聂敏、周筱赟が共同で謀議の上、聂敏が素材を提供し、滕若寒が周筱赟に報酬を提供し、周筱赟が国内外のインターネット上でフェイクニュースを流していたことが判明した。3人の行為は刑法に抵触する。」と発表、全国に注目される事件となった。
8月上旬から、南方週末の前高級記者、自媒体の運営者である褚朝新は、自らの公众号で《周筱赟去哪儿了?》《盘锦虽小,但不能成为法外之地》《“警界鲁迅”原来是他》《再给盘锦公安普普法(訳注:この文章だけは消されているが、明記されていないもののおそらくこれが転載)》などの記事を次々に発表、遼寧省公安庁政治部元副主任の关长波を実名で批判した。
一連の記事が証拠に基づき指摘した、盘锦の大洼にある公安分局が法に則らない形で弁護士を拘束し、当地の警察の自媒体は審理を経ないまま罪と認定し(訳注:公安=警察では有罪無罪を判断せず、検察院および裁判所に送致して手続きの後に罪状が確定される…と理解しているがもし間違いだったらご指摘いただきたい)、違法に捜査秘密を得ていたなどの問題はインターネット上で大きな議論を呼んだ。
様々な指摘により盘锦当局は大きなプレッシャーを受けたが、その中でも褚朝新のこの一連の記事がもっとも有力であった。9月30日、盘锦県検察院は周筱赟他3名の逮捕を認めない決定を下し、周筱赟は釈放された。11月16日、盘锦市副市長、市公安局局長の申海青は重大な規律違反として遼寧省の規律委員会に留置された。
社会重大事件報道部門
潘俊文による《郑州地铁5号线“进水口”调查(鄭州地下鉄5号線「進水口」の調査)》
授賞理由:鄭州での暴雨の際、地下鉄5号線の停車場に設置された止水壁を乗り越えてトンネルに水が浸入し、14人が死亡した。国内最大級の地下鉄に関する安全事故である本件に関し、メディアは徹底的に調べるべきだろう。もっとも重要なのは停車場の「進水口」の問題だ。洪水はなぜ止水壁を乗り越えることができてしまったのか?そしてどのように停車場から事故現場に到達したのか?停車場の地理的な選定、建築に問題はなかったのか?
筆者は5号線の五龙口停車場を徹底的に調査、その停車場周囲の住人や労働者にインタビューを行った。当時停車場は武警に管理封鎖されており、筆者は様々な方法で壁を越えて内部への侵入を試み、ガードマンを避けようとしたが、追いかけられたこともあった。素材を紛失することを避けるため、彼は走り回りながら撮影した写真や動画をバックアップし保存した。
調査によって、公式発表にある一部の防水壁が破れたという以外に、停車場の西側、南側それぞれが決壊して7-8mの長さの裂け目が露出しており、当日洪水はこの2か所から侵入し直接停車場に到達していたことが分かった。また西側には止水壁が設けられておらず、間に合わせで備え付けられた青色の柵(画像検索で恐縮だが、こういうもの)が設置されているだけで、水を止めることなどできなかった。
筆者は現場の聞き込みと調査にもとづき、地下鉄停車場はそのエリア周辺の建物より数m低い最低地点であることを発見した。また10年前まだそこに停車場が作られていなかったころ、このエリアが積水(水がたまること)の問題によって鄭州市の「ブラックリスト」入りしていたことも、入手した自治体の資料から分かった。その資料からは停車場の東側に川があることがわかり、この10年に変化がないだけでなく、暴雨の前にセメント板で蓋をすることで明渠が暗渠(目に見えない水路)となっていた。付近住民は排水がうまくいかなかったことがこの惨劇の原因のひとつであると考えていた。
筆者はまた地下鉄軌道の専門家へのインタビューも組み合わせて記事を執筆、停車場の場所選択に疑問を呈するとともに、当日緊急措置を取らなかった理由について厳しく追及した。この記事が発表された後、多くのメディアが後追いし、進水の原因について問いかけた。
10月初旬、鄭州7.20調査専門チームは筆者を訪ね、記事が事実究明の調査および判断に対して非常に大きな助けになったと伸び、調査チームが停車場に入った時にはすでに現場は保全されておらず様子がわからないとして、当時筆者が撮影した動画や写真の提供を求めた。
傑出メディア人部門
红星新闻记者 王剑强(訳注:红星新闻は成都传媒集团の新しいニュースアプリ)
今年29歳の王剑强はこれまでも例えば涞源の報復殺人、丽江の唐雪による正当防衛、河北省邯郸で10数人が偽警官として拘束されたケース、湖南省で酒鬼酒(訳注:白酒のブランド)が違法にチクロ(訳注:日本では昭和31年から発がん性を理由に禁止されている人工甘味料。ただし合法の国もあり、中国も食品の種類によっては使用量に上限はあるものの許可されているが、白酒には許可されていない)を加えていた事件、于欢の減刑出獄(債権者が母をひどく侮辱したことに怒って息子の于欢が相手を刺殺した事件。当初は傷害致死として無期懲役が求刑されたが、後に過剰防衛として5年に減刑された。)、江苏省の连云港で女性補警が多数の公務員相手に恐喝を行った件などを報道した。
その報道は多くの事件を直接進展させた。例えば丽江の唐雪ケースでは、報道後当地の法執行機関が頻繁に介入し、正当防衛として認められる結果となった。そしてこのケースは最高検の工作報告の中に典型的なケースとして歳入された。また他にも酒鬼酒のチクロ事件の後、湖南省は省全域で種類の安全検査を行った。
王剑强のこの1年の記事には、《独家对话“辱母杀人案”当事人于欢》(2020年11月)、《独家对话“敲诈多名公职人员”女辅警父亲:他们不能把屎盆子扣我女儿一个人头上》(2021年3月)、《困在政府融资“套路”里的沭阳民企:帮财政局贷款2000万,一分未用反背巨债》(2021年5月)、《湖北咸宁14岁少女被强迫“卖处”后的826天》(2021年8月)、《青岛律协会长回应“被举报向官员行贿”:我没有获利,攒饭局都是我出钱》(2021年9月)、《河南三门峡“凌晨碾死车库入口醉酒者”涉事司机的无罪之路》(2021年10月)等がある。
王剑强はニュース報道のプロとしての立場を貫き、客観的な報道でしっかりと時代を記録している。記者として飾り気のないまっすぐなニュースへの熱情を胸に抱いて日々止まることなく奔走している。彼はこの一生をかけて学んできたもののすべてをかけて、自分の社会における価値を少しだけでも実現したい、と語る。
最優秀評論部門
张丰の《如何美化全红婵的发言,是个难题(本文中で触れられているように削除済。この辺りを見るとなんとなくどういう話かはわかる)》と《像他们一样清澈透明地支持张文宏》
授賞理由:张丰はフリーランスの批評家として、澎湃新闻や新京报などに寄稿するほか、自らの公众号にて評論文を掲載している。《如何美化全红婵的发言,是个难题》は2021年8月6日に公众号“中产生活观察”で発表された。
この記事は他に先駆けて全红婵(訳注:若干14歳で東京五輪高飛び込みで満点で金をとった女子選手。NHKでも取り上げられている。)が金メダルを獲得したあとの苦渋に満ちた発言、政府系メディアが彼女について取り上げる際意図的に彼女が文盲であること、非常に貧しい家庭出身であること、母親が病気であることなどを隠していることなどについて指摘した。流出した一連の動画は公式発表が作り出そうとした愛国童話を粉砕し、その真実は見るものを驚かせた。
記事発表後、台湾の「中央社」、ドイツの「德国之声」など海外メディアがこれを取り上げ、大きな波紋を呼んだ。文中で用いられた「不是每个人都能压住命运的水花(誰もが自らの運命の水しぶきをおさえつけられるわけではない)」という言葉は多くのメディアに引用され、流行語となった。最終的にこの記事は閲読量が51万を超えた時点で削除され、公众号「中产生活观察」もこれが原因で2週間封鎖、後に永久封鎖された。
《像他们一样清澈透明地支持张文宏》は2021年8月10日に公众号“城市的地得”で発表された。
この記事は衛生部前部長が张文宏を批判する文章を発表し、多くの五毛大Vたちがやんややんやと张文宏を攻撃していた際、张文宏を支持する2人の医師が微信朋友圈上で张文宏と一緒に撮った写真を公開、都市中産階級の人たちは科学的に基づく認知で张文宏を徹底的に支持しなければならないと訴えた。
この記事は非常に広く読まれ、閲読量は240万を超えた。张文宏が危機を迎える中での主要な味方として、人々の公衆衛生の利益を断固として守り、自らの名声や面子を気にするあまりに沈黙する民衆に、勇気を出して自分たちの代言人を支持しなければならないという現代的な観念を伝えた。