本記事は中国政府(正確には在NY総領事館)による米国内でのSNSにおける影響力工作の一端を解説したものだ…ということでいかにもなタイトルにしてみたが、「工作」などといったところで実のところはこれはなんら違法な行為ではない(内容によってはステルスマーケティングを禁じる業界内の自主的な規定などにはひっかかるかもしれないが)。そして違法でなく、正当な手続きをとったからこそ明らかになった、ともいえる。

こうしたものを見ると行政プロセスの透明化には一定の意義があると改めて感じる(同じようなことは、以前ポンペオの来日インタビューについて調べて書いた時にも書いている)。人類がすべて善人でさぼりもせずウソもつかない、そしてこうした行政に携わるのがすべて万能の超人ならば不透明でも構わないが、透明であるがゆえにこうした事に対して監視が可能になり、それがまた抑止力にもなる。そうしたことを理解できず、透明であるがゆえに判明した不正などを指して「西側民主主義の欠陥」と嘲笑している人たちを見ると、本当にかわいそうだなと思える。

さて、本稿は政治資金について監視を行うNPOであるThe Center for Responsive Politics and the National Institute on Money in Politics の運営するOpensecrets.orgというサイトの記事が出典だ。正直この団体の事を知らなかったが、結構面白い…ページを開くごとにうるさいくらいに二重のCAPTCHAで人間であることを絶えず証明させられることを除けば(パンダですけどね)。

ただし記事自体は正直、本筋と関係ない検閲エピソードなどを付け加えることで「米国内で中国が情報工作を行っている」という、公平に見て偏った見立てと結論に向けて組み立て、書かれていることは否めない(そして、それがちょっと無理やりなせいで後半の論理的な筋道も少しおかしいし、結びは尻切れトンボ感満載だ)。五輪ボイコットも彭帅の件も、時系列から言って偶然同じ時期だったというだけだろう。ただそれはそれとして、こうした事が行われていること自体は興味深いと感じていただけるのではないだろうか。さらっとTwitterに概要のみ紹介して終わろうかと思ったが、非商業用途かつクレジット入りであれば引用や頒布も可と記載されているので、全文を訳出して紹介したい。が、その前に周辺情報を紹介する。

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全文を通して最も面白い発見は、大金を払った「影響力工作」で中国が流したかったメッセージが分断と混乱のための(他で中国が、あるいはロシアなどがばらまいている)例えば暴動の動画や写真、政治リーダーの差別的な発言といったもの「ではなく」、「中国はいいとこ一度はおいで」とか気候変動や新エネルギーなど、米中協力のポジティブ面だったというものだ。もちろん中国国内にも様々な対米姿勢があろうし、例えばこれは中央政府ではなくNY総の外交部良識的親米派による融和的な世論作りだ、などとこれだけをとって美化することにも意味はないのだろうが、各地で外交官が出世のためのイキり競争を繰り広げる(「戦狼」なんて格好良すぎるよね)現状と正反対のことも起こっている、というのが(当たり前でありながら)面白いなと思った次第。

「中国の手先」の会社オーナーの経歴とプロジェクト(補足)

中国政府に雇われた悪者のように登場するインフルエンサー代理店のVippi Mediaはニュージャージー州で今年3月に登記されており、このためだけに作られたダミー会社ではなさそうだ。ただし社長の名前がVipp Jaswal、Vipp→Vippiと微妙に変えているあたり、面倒な仕事をこなすための受け皿会社である可能性は否定できない(もちろん、単なるニックネームである可能性もある)。公式サイトもSNSもないようだ。

ちなみに申請書類にサインをしているVipp Jaswal(個人サイトLinkedinTwitter)はざっと見た限り、いわゆるこうしたプロモーションの専門家ではなく、どちらかというとセミナー屋に見える。出身はわからないが経歴としてはHSBC(International Crisis Managementと書かれているが、なぜ銀行が危機対応部隊を持っているかはわかりません…だれか教えてください)→FOX(ラジオでパーソナリティ)→FOX news channelで国外対応のヘッドを11年間務め独立というかなり変わった経歴の持ち主だ。おそらく顔が広くてなんでもやる、という感じなのだろうと想像する。今回の仕事自体は(少ない手がかりからの勝手な想像だが)CGTNが大使館に紹介したのではないだろうか。中華系の専門家も多くいるだろうに、わざわざ素人を雇う意味はよくわからない。

またVippの所有する別会社IIA(そもそもこの会社の事業内容自体がかなり不思議というか意味不明だが)のクライアントリストを見ると皮肉なことがわかる。言わずと知れた中国政府系のCGTNと人権団体?のOne Free World International(OFWI)が並んでいるのだ。このOFWIはちょっと調べるとわかるが、(当然バリバリ反中国共産党系の)法輪功系と近いようなのだ。クライアント同士、彼に対して思うところはないのだろうか?少なくとも彼自身が何かしらの思想信条に基づいて仕事を選んでいるわけではないのはよくわかる。

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契約金額と執行内容も細かく見ると興味深い。30万ドルという金額はこうしたプロモーションとしてはそれなりの金額で、その70%を前払いというのはあまり一般的ではないのではないかと想像する。しかも残金も1月に15%+2月終わりに15%と、プロジェクトが終わる三月より前に支払いがすべて終わるようになっている。一般的に前払いの比重が増えるのは発注側に信用力がない場合(やりおわった後に逃げる可能性がある)、そして受注側に資金力がなく前払いの金がないと仕事ができない場合だ。この場合は…多分両方な気がするが。

また、本文中で起用されるインフルエンサーは5段階とあり、「セレブ」インフルエンサーを雇っているような理解に基づいて書かれているが、5つに分類されるという定義の話をしているだけで、実際にプロジェクトで雇っているのはP17に掲載されているMacro Influencer3人、Mid -Tier Influencer3人、Social Publishers2人ということだと思われる(下の黄色塗りのスクリーンショット参照。ただしPublisherは前の定義で出てこない上に数的には上のMid-Tierと重複しているあたりがよくわからない。この契約書は相当急いで作られたのか、同じ表現なのに太字だったりそうでなかったりなど形式が統一されていない、体裁が汚いものなのであまり細部を気にしても意味がないかもしれない)。大枠の契約のようなので、より詳細・具体的な内容や素材提供の義務などについては恐らく公開義務範囲にない覚書などが交わされているのではないだろうか。

採用されるインフルエンサーのタイプと人数、投稿数の取り決め

全期間を通して7人起用で計24件の投稿、280万リーチ(リーチはミニマム、投稿数は中央値として50万フォロワーx4投稿、10万フォロワーx4投稿、10万フォロワーx4投稿)で30万ドル(約10セント/リーチになる計算)はアメリカのインフルエンサーマーケティングの相場として高いのだろうか、安いのだろうか。情報工作のプラットフォームとして使われがちなFacebookやTwitterが選ばれていないのも面白い。若年層を狙いたいということなのか、どうなのだろう。

またこうした外国ネタ、しかも現在のように渡航が制限されていると、インフルエンサーたちは現地にいくこともできない。つまり最終的な文章や動画といった成果物はインフルエンサー自身が作るとしても基本的に素材は領事館側が用意することになる。一般的な米国在住のインフルエンサーが北京のいいところや歴史など、知るわけもないし。用意される素材のクオリティによって反響の多寡は大きく左右されるし、領事館側の負担も結構大きい気がする。そもそもこのインフルエンサーたちは「領事館から素材を貰いました」と明らかにするつもりなのだろうか(というか、自分が渡航できない以上明らかにせざるを得ない気がする)?

なお文中に挿入されている契約書の該当部分のキャプチャ画像は原文には存在しない。訳者判断であとから追加したものだ。

五輪ボイコット騒動のさなかインフルエンサーを布陣する中国政府

Chinese government deploying online influencers amid Beijing Olympics boycotts(Open secrets 2021/12/13)

中国政府は、2022年の北京冬季オリンピックの外交的ボイコットをめぐる論争の中で、新たなネット上の情報工作の一環として、SNSのインフルエンサーをリクルートする会社を雇っていたことがOpenSecretsによるFARA( Foreign Agents Registration Act, 外国代理人登録法)の調査で判明した(該当提出書類はこちら)。このオペレーションは、ニュージャージー州に本拠を置くコンサルティング会社Vippi Media社が、2022年3月までの30万ドルの契約として執行している。中国の在NY総領事館は、11月23日に21万ドルを前払いした。

中国政府は、2022年の北京冬季五輪およびパラリンピックを推進するためのオンラインキャンペーンの一環として、中国のために活発に活動し、優れたコンテンツを生成し、注目を集めることができるインフルエンサーを集めるためにこの会社を雇った。

インフルエンサーの投稿のほとんどは「北京の歴史、文化遺産、現代の人々の生活、新しいトレンド」、そして「中国選手の準備と感動的な瞬間」など、中国および北京に焦点を当てたものになる予定だ。投稿の少なくとも20%は”米中関係における協力やあらゆるポジティブな事象”に焦点を当てることになっている。例えばそこには”気候変動、生物多様性、新エネルギー “などの問題に関する 米中協力や、”ポジティブな成果”を強調することが期待されている。領事館が発信するニュースやトレンドに関する投稿の宣伝はわずか10%に過ぎず、コンテンツのほとんどはその会社が用意したインフルエンサーが自らつくるものだ。

コンテンツは70%が冬季五輪や中国素材、20%が米中関係のポジティブニュース、10%が領事館投稿の転載

これは中国政府とその国営メディアによる最新のオペレーションの一例に過ぎない。彼らの外国代理人は2016年以降、米国でのプロパガンダとロビー活動に1億7000万ドル以上を支出したことを公表している。また2020年単独でもFARAに基づいて報告されている支出のみで米国内でのプロパガンダ活動に約6000万ドルを投じている。

今回の契約金額である30万ドルは中国がChina DailyやCCTVに費やす金額よりはるかに少ないが、フィジカル(物理的)な新聞やテレビ番組制作の高いコストをかけずに、オンラインのインフルエンサーがいかに幅広いリーチを持つことができるかを示している。China Dailyの国外出版物全体の読者数は約90万人と推定されている一方、中国政府の新しいキャンペーンの一環として候補となった「セレブ」インフルエンサー1人で200万人以上のInstagramフォロワーまたは250万人のTikTokフォロワーを擁する。

FARAの記録によれば、採用されたインフルエンサーは前述したInstagramやTikTokのフォロワーを持つ「セレブ」インフルエンサーから、いずれのプラットフォームでもフォロワーが1万人未満の「ナノ」インフルエンサーまで、5つのクラスに分けられている。

インフルエンサーの5分類

またInstagramとTikTokに加えTwitchでもインフルエンサーを募集し、視聴回数やインプレッション、ライブチャットへの参加などを通じて、双方向ライブ配信での成否を評価する仕組みになっている。

この工作は12月6日、ジョー・バイデン大統領が数々の人権侵害の疑いをもたれる中国に対する国際的な反発を受けて「2022年北京冬季オリンピックにいかなる外交・公用代表も派遣しない」と発表した中で行われた。同政権は、新疆ウイグル自治区でのウイグル人に対する虐待の疑いや、香港での民主主義弾圧を理由に挙げた。ただし米国の外交ボイコットは米国人選手の2022年オリンピックへの参加を妨げることはないとしている。また英国、オーストラリア、カナダも公式代表の北京への派遣を控えると発表している。

この工作の開始は、中国が検閲とプロパガンダキャンペーンによって中国テニス界のスター、彭帅(ペン・シュアイ)の失踪をめぐるナラティブを変えようとした直後のタイミングでもある。彭は11月2日の微博(Twitterに似た中国のSNS)への投稿で、中国共産党幹部の不適切な性的行為を告発した後、姿を消した。以降11月21日に公開された中国政府のテニスの試合の動画と、同日行われた彼女と複数のスポーツ当局関係者とのテレビ会議以外には姿を現していない。世界中の人権活動家やスポーツ関係者が彭帅について中国当局に問いかけ続けた結果、女子テニス協会は中国でのトーナメントを中止した。

中国国営メディアのCGTNは米国における影響力工作の一環として、五輪に関連する番組を放送している。また直近のリリースでは”アメリカ社会を分断する深い社会的不公平 “に関する国営メディアの内容を宣伝していた。

中国国営メディアの11月のリリース資料では他のスポーツイベントも取り上げ、中国と米国の緊密な関係を示そうとしていた。同資料では2021年にヒューストンで開催された世界卓球選手権で、中国の卓球選手が米国選手と「力を合わせて」混合ダブルスの試合を行うことを宣伝した。資料はまた、中国と米国の卓球協会が主催する同選手権での「ピンポン外交」50周年記念イベント(米国と中国の選手による一連の卓球試合は、後に「共産党プロパガンダの完璧な道具」と評されるに至った)を宣伝していた。

ProPublicaとNew York Timesの最近の共同調査によると、中国政府は米国での世界卓球選手権を公に宣伝する一方、彭に関する会話を封じるために数百のキーワードを検閲する作戦の一環として、「テニス」という幅広いトピックに関するオンラインでのやりとりをひそかに制限してもいた。

中国は以前、ソーシャルメディア上の#MeTooハッシュタグを検閲し、最近、中国の#MeToo運動に関与してきたジャーナリストの黄雪琴を “国家権力転覆扇動罪 “で拘束したこともある(訳注:Newsweekのこの辺りの記事が関連)。

彭の主張と失踪をめぐるナラティブを転換させようとする試みは、中国が最近行った唯一のネット上の影響力を利用した世論操作ではない。FacebookとInstagramの親会社であるMetaは12月1日、中国発の影響力工作に関連する数百のアカウントを削除したと発表している。

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中国はこうした影響力工作によってCOVID-19に関する根拠のない情報を広め、米国がWHO(世界保健機関)に圧力をかけ、COVID-19の大流行を中国のせいにしたと主張していた。CGTNや人民日報など複数の中国国営メディアは、「米国による『脅迫」の主張が浮上」などの見出しの記事でこうした投稿を取り上げた。

開催国による人権侵害の疑いで反発を受けた主要な国際スポーツイベントは北京冬季五輪だけではない。先週末には、F1レーサーのルイス・ハミルトンが、サウジアラビアGPでレースをすることに違和感を覚えると述べた。ハミルトンは、人権団体からF1がレース開催国である中東諸国での人権侵害疑惑を「スポーツウォッシュ(訳注:スポーツのポジティブなイメージによって本来の悪行およびそこから生まれるネガティブなイメージを押し流し、ごまかすことを意味する)」していると非難された後、問題意識を高める「義務がある」と感じていると述べた。ハミルトンは、人権団体のアドボカシー活動を受けて、カタールやバーレーンなど人権侵害の疑いのある国でグランプリを開催することを率直に批判する人物として注目を浴びた。それでも彼は各レースには参加している。