「好奇心」の死と静寂

Twitterでも散発的に触れたように、中国の若者に人気だったニュース系アプリ「好奇心日報」が当局から二度目の更新禁止を命じられ、危機に瀕している。1度目の禁止は昨年に1か月、今回は3か月とそれなりに長期間で、広告収入に頼る彼らにとって更新できない事は完全にその期間収入がない≒相当な危機である事を意味する(基本的に収入をタイアップ記事の投稿に依存しているため)。

そして今後ひょっとすると「好奇心」というひとつのメディアが停められた以上に大きな意味を持つかもしれないのが、「その出来事に触れたメディアまで的にされた」という事だ。ここ数年メディアに対する風当たりは日増しに強くなる一方だが、記事単位の削除ではなく、当事者外の媒体にまで停止措置が及ぶというのは恐らく初めてだと思う。

本稿では中国独特のオンラインメディアの枷のひとつ時事報道に関する取材報道の資格制度と、好奇心日報というメディアと創始者である伊险峰、そして巻き込まれ事故で一緒に殺される羽目になった不運な新闻实验室というメディアについて紹介していこうと思う。

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そもそも今年4月の段階から、app storeなどで「好奇心」を検索しても見つからない、ということが一部のネット上で噂になっていた。そして5月末になって、ようやく公式から発表が出た。

好奇心停止文章

発表文全訳:

好奇心日報のサイトとアプリは2019 年 5 月 28 日0時から3か月更新を停止します。
この間、過去の記事アーカイブの閲覧は可能です。 コメントを始めとしたインタラクションはしばらくの間停止とさせていただきます。
好奇心研究所(運営会社)のインタラクション機能は弊社のもうひとつのアプリである「好奇怪」に実装されているので、そちらにご参加いただく事は可能です。

しかしここでもその原因には触れておらず、今に至るまでさまざまな憶測が飛び交っている。幾人かの事情通、業界人に直接会って話を聞いてみたが、誰もが違う事を言い、結局よくわからない。

上で述べたように、好奇心は一度2018年に1か月停止の罰を受けたことがある。この時は何が問題視されたかある程度明確だった。当時北京と上海の网信办(インターネット情報オフィス、有害情報の摘発などを行う部署)は摘発の理由として公告において主に①オリジナルの時事ニュースを提供 ②ニュース取材&編集チームを社内に設立 ③無断で海外メディアの記事を翻訳して配信 という3点がネットワーク安全法などの関連法案に違反しているという事が挙げられている。
今年の停止の原因も、ひょっとしたら同じことなのかもしれない、という説もある。

時事ニュース取材に必要な「資格」

中国においてメディアは「党の喉と舌(党の意見を拡げる/伝えるための装置)」であるというのは少なくとも毛沢東時代からの伝統で、他国で一般的とされる「純粋(中性的)な情報の媒介/拡散者、或いは権力を監視するための組織としてのジャーナリズム」といった考え方とは相いれない部分がある。まあ、社会の仕組みが違うが故に形は違えど、「公器」としての役割を求められている事は同じ、と言えなくもないかもしれない。皮肉に聞こえるが、これも事実ではある。

毛沢東が「喉と舌」と発言した新聞全盛時代からTVを経てインターネットへとメディアの軸足が変わり、その性質が多様化するとともに規模が大きくなったとしても、党および政府のメディアに対するスタンスは変わっていない。CCTVに人民日報や環球時報、フェニックスTV、澎湃にCRI…中国には政府メディアが星の数ほどあるが、そのどれもが味付けや形こそ違えど、基本的には日本共産党にとっての「赤旗」あるいは自民党にとっての「自由民主」と同じ、中国共産党のお知らせや言いたいことを載せる機関紙であり宣伝媒体だ。そうしたメディアは中国では「主流媒体」と呼称される。民間のメディアは所詮は非主流なのだ。

時事ニュースは、当然党の方針や行動の結果と関係も深い。であればそうしたトピックに関する取材・報道に対する制約が大きいということも想像できる。だから原則としてこの分野に関しては「機関紙」たちだけが(方針に沿った)取材・報道を許され、民間のオンラインメディアにはこの「時事ニュース」を自分で取材し、論評する事を許されていない。

「時事ニュース(时政新闻信息)」の定義は「政治,経済,外交など公務(国の政策)に関わる報道や評論,および突発事件に関する報道,評論を含む記事(※この部分の訳は于海春  2017(リンク先pdf)から引用させていただいた)」とされ、スポーツやエンタメはその対象となっていないので取材・報道は可能だ。

従って時事系報道に関しては「ニュースサイト・アプリ」と自称していても実質上は党系などの「主流」メディアの転載・配信機能のみに限られるということになる。

こうしたルールで運用されている中、わざわざ専門のチームを作って取材報道する「好奇心」の行為は、事実であればこの定義に大きく抵触するもので、配信停止を言い渡されても文句の言いようがないものだった。

それにしても何かについて調べ、知らせる事には果たして資格が必要なのだろうか。国にお許しを頂いてやることなのだろうか…そのあたりに根本的な疑問を感じなくもないが、とにかく、現在の中国はこのような制度によって運用されているのが現状だ。

不透明な既存メディアの重複コスト問題

また多少話が細かいが、紙媒体の内容をオンライン版に転載した場合はどうなのかも議論になった事がある。日本の例でいえば、朝日新聞に掲載された記事をasahi.comに載せるというようなケースで、中国でも当然多く行われている。
一方、時事ニュース取材の許可は法人単位で、それぞれ多額の資本金や経験豊富な記者の人数などさまざまなクリアすべき要求があるといわれている。実は中国の会社組織は日本に比べ非常に細かく法人を分ける傾向があり、ほぼ機能や部門別に会別法人になっている。例えば人民日報系の环球时报でいえば、オンライン版である环球网は环球时报在线(北京)文化传播有限公司という別法人によって運営されている。

しかし政府の規定を形式上満たすためにはそれぞれに資本金や編集部を持たなければならないなど不要なコストがかかるためそれなりに「従順」な紙メディア系であってもこれらが厳密には遵守されていないのでは?といった疑惑もあったようだ。

 

謎に包まれた問題行為の「基準」

ただ、一般人が政治や経済に対する評論を自分の公众号で行う事に特段の規定はなく、それが何を条件にアウトになるのかはよくわからない。根本的な意図が「影響力が大きな発信源には勝手な(≒政府にとって不利な)評論を許さない」という事なのはほぼ確実だが、ではその影響力はどのように測られ、判断されるのか明確な基準がない、もしくは示されていないのだ。

似たようなケースで明確な基準が示されているのは日本でも一時ニュースになった、デマの拡散だろう。13年に最高人民法院が定めたルールによると「デマ情報が5000回以上の閲覧、500回以上転送されること」が基準として示されている。これは個人にも適用され、当時は実際に拘束された人のニュースも報じられた(ただ、最近これを根拠にした拘束のニュースは聞かなくなったように思う。現在実際どのように運用されているかは不明)。

もっと軽微なケースでいうと、微信は元々「敏感」なワードや画像、リンクに関してはフィルタリングされ、相手に届かないようになっている。また「よくわからない理由で微信のグループが解散させられた」「特に過激な話題を扱うわけでもないグループ内で自分が発したメッセージが誰にも届いていない(現象としてはTwitterで最近話題になったShadow Banに近いものと思われる…ただしこのShadow Banも実在も含めてよくわからないと思っているが)」といったこともそれなりの頻度で耳にする。

その極端な例が、「李克强国務院総理も参加している北京大学の同窓生グループが凍結された」という6月26日前後に流れた噂だ。相当怪しい話ではあるが、こうしたデマは「ひょっとしたらあるかも」と思わせることが成功の秘訣でもある。

そして、上記のキャプチャ画面もまた、微信上では送る事ができなかった。

好奇心日報創設者”伊险峰”

好奇心日報創設者 伊险峰(イー・ジェンフォン )

好奇心日報は、元「第一财经周刊」という経済系有名雑誌の元総編集長、伊险峰(イー・ジェンフォン)によって2014年に設立された。とはいえ「好奇心」自体は経済専門メディアではなく、より広い社会の動きをひねった切り口で紹介しているアプリだった。ニュース系というと今日头条のようなアグリゲーションメディアの成長ばかりが目立つ中で、好奇心はその記事の質の高さで知られた。

好奇心日報アプリの1st view

前項で述べた「時事ニュース報道」についての資格は業界人であれば常識中の常識だ。そして伝統メディアの大物である伊がこうした事情に疎いわけがない。また周囲にもそれが大ごとになる前に警告してくれる「友人」がいないはずがないと思う。今回の3か月停止の原因は未だわからないが、前回同様であるという説を僕自身信じられないのは、そういった事が原因のひとつだ。

ただこうした規制は新興のオンラインメディアを対象としており、紙媒体が長かった伊はその危なさをそこまでわかっていなかったかもしれない、という言い方をされると、また否定しがたい。
同時にこれは「上海(人)の政治リスク軽視」という風にも説明される。伊が総編集長を務めた第一財経は上海のSMG(上海文化広播影視集団有限公司、超巨大国営メディアコングロマリット)に属し、好奇心日報もまた主なチームは上海に置かれた。経済の街であり国外との民間交流、ビジネスも多い上海は思想的にも北京に比べると開放的で、政治や思想のしがらみをばかばかしいと考える人も多いといわれる。そのような態度と、北京中央の厳格化する思想統制の方向性にかなりの距離があるというのも事実ではある。

なお、伊の古巣だった第一财经周刊は紙媒体全体の環境の苦しさもあり18年末でリニューアルして「周刊」の名前を捨て「第一财经」と名前を変えている。今後はデジタル化を一層進めるとするが…まあ、これはまた別の物語だろう。

第一财经最終号

追悼文でも封殺、「新聞実験室」

そして冒頭で触れたように、今回は好奇心だけでなく、それに言及したもうひとつのメディアが、ひっそりと(?)更新停止になった。「新聞実験室」という自媒体がそれで、過去著名な南方都市報にも在籍していた有名ジャーナリスト方可成が主宰している。

方可成

問題とされた文章「好奇心是个奇迹(リンク先は転載されたもの) 」は好奇心日報の停止を悼み、しかしそれは資格を持たない以上本来的に存在しないはずのもので存在できたこと自体がある種奇跡であり意外ではなかった、といった文章で、特段敏感なものではないがそれなりの範囲に読まれたようではあった。

そして日付をまたいですぐ、主催者である方の個人の微博アカウントで「1か月の間新しい投稿ができなくなりました。フォローを取り消さないようにお願いいたします」という投稿が行われた。

そして、方は読者とのやり取りの中で、はっきりと原因が「好奇心」だったと述べている。

この件に関してこれ以上の情報はない。しかし冒頭で述べたように、「ダメとされた内容について書いたメディアが停められる」事は最近多かったにせよ、それについて報じたメディアまでもがこうして更新停止に追い込まれているという事は恐らく今までなかったように思う。方可成、そして新闻实验室自体も比較的影響力があるメディアで(例えば今年1月に発表された「搜索引擎百度已死」は大きな話題になった)あったということがおそらくは原因のひとつだが、今後同じような例が起こるかどうか、注目すべき点であると思う。

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