チャン・イーモウの新作を覆う「影」

中国を代表する映画監督であるチャン・イーモウ(张艺谋)の新作「Shadow(影)」。10月に中華圏で最も権威のある映画賞である金馬賞の音楽部門などを含む12部門にノミネートされるなど評価が高いが、これがいま裁判沙汰に巻き込まれている。
本件は世界的といっていい著名映画監督が巻き込まれ訴訟にまでなっているものの、中国国内でもあまり話題になっているように思えない。日本語でもざっと見た限りでは初報と思われるので、紹介する。

金马奖受賞を誇るポスター。右側に並ぶ受賞内容の一番下から二番目が「最優秀オリジナル音楽部門」

チャン・イーモウのスキャンダルというと、チャン・ツィイーを始めとした「若手」女優との関係が取り沙汰されたり、隠し子の存在が発覚して罰金を支払わされたりといったスキャンダルが思い起こされる。
と同時に、北京五輪開会式での開会式口パク事件や金陵十三釵主演のクリスチャン・ベイルによる「CNN連れて陳光誠に会いに行っちゃった事件」など、本人というより周辺の引き起こす騒動に巻き込まれるケースも散見される。今回は後者だ。

・・・・

告発の経緯

経緯を簡単に紹介しよう。
この映画は乐视(Le Echo)という動画サイト運営会社が製作していた。そして今回の告発者はその乐视からの依頼という形で、映画の音楽の作曲と実演を担当していた人たちだ。映画自体は三国志時代をテーマにしているため音楽も中国の伝統楽器を演奏できるアーティストが選ばれた。

国を代表する映画監督の仕事とあり、選ばれたのはいずれも中国トップの音楽専門の大学である北京中央音楽院の作曲/伝統音楽系の先生や学生で、当代一流の芸術家と言っていい。そして今回告発者の代表ともなっている董颖达(Yingda Dong、以下ドン)はアメリカでも教えた後帰国して作曲科で教えると同時に映画音楽専門の教育課程を開設し、中央美院、中国传媒大学と協力して映画製作に関する教育環境を整え…と、その世界では有名な人物だといえるだろう。

董颖达と张艺谋

ドンは17年2月にこの仕事を引き受け、同じ中央音楽院の各楽器のトップ級の教授や古代音楽史の専門家などで18人のチームを編成し、10月下旬に作曲および録音を終え納品、11月に正式な契約書を結んだ。その際同時に「もう一人ミュージシャンを加えて商業的要素を足す」ということは言われたということが、のちのもめ事の伏線にもなっている(本人によればこうした事はよくあるのでその時は気にしなかったという)。
そして実際、18年の2月に行われたベルリン国際映画祭に出品された際は、ドンとそのチームの名前がクレジットされ、音楽もそちらが使用された。また同時期に公開されたメイキングドキュメンタリー「张艺谋和他的影(チャン・イーモウと彼の影)」にも、ドンたちの名前が「前期音楽」としてクレジットされていることが現在でも確認できる。

「张艺谋和他的影」のエンドロールクレジット。一番上「作曲」に董颖达の名前が見える

しかし実際今年9月に映画が正式公開されてみると、音楽自体はほぼ同じものを使っているにもかかわらずクレジットされているのは捞仔(LaoZai以下ラオ)という別の作曲家の名前のみで、このラオ本人も「自分が作曲したものだ」と公言しているという。ドンは長年の知人でもあるラオのこの言い分にも「知的財産の軽視だ」と激怒している。

クレジットされた作曲家の主張と透けて見える真相?

ラオによって投稿された反論(クリックで原文)

ラオはラオで、言い分がある。微博上に投稿された反論によれば、ドンの作品はそもそも監督からNGを出されており、自分はまっさらな状態で引き継いだだけ。ドンは初期のコンセプト作りへの貢献はあっても、具体的なアウトプットである音楽はすべて自分が作ったものだ、となる。
使用されている曲が似ている点については、まず使っている楽器の構成がまったく違う事、アイディアだけで独自性があるというほど斬新なものではないこと、そしてそもそもの映画音楽は既に撮影されたシーンに合わせるもので、既にカット割りやその中での役者の動きが決まっていればテンポなり曲調は似てきてしまうのは必然と主張している。これもまた、それなりの合理性がある言い分ではある。

・・・・

ドンは金馬賞の最優秀音楽部門はラオと自分が連名で受賞するべきであると主張し(つまり、当初の予定通りラオは後から追加されたミュージシャンである、という主張)、北京の裁判所に制作会社である乐视を起訴した。元々楽曲の類似性については客観的な判断が非常に難しく、法の判断になじみにくい部分もある(類似の者には日本の有名な裁判に小林亞聖が服部克久を訴えたいわゆる「記念樹事件」がある)。加えて映画音楽はラオが主張するように通常の音楽以上に様々な制約があることを考えれば、類似性を争う事にあまり意味があるとは思えない。

起訴受理の書面

であれば、もっと簡単な争点は、ドンはクビになっていたのかどうかだけだ。そしてこの点を考えると、おぼろげながら真相らしきものが見えてくる。

ドン側がここまで怒っている以上、クビになった認識はなかったのだろう。しかし公開日を始めとした数々の締め切りがある中で、製作側としても作曲家を変えてゼロから書かせるのは冒険だ。費用も余計にかかるし、そのアーティストがまた監督の目にかなわない可能性もある。
それでもあえて他を探しているのだから、製作側にとってドンは明確なNGであったことは明白だ。それがきちんとドン側に告知されないまま進んでしまっていた、もしくはその事実を受け入れることができなかった所に金馬賞受賞の話を聞いて怒りに火が付いた、と考えるのが自然な筋道だろう。

・・・・

ただし、「ドンの曲は聞いたこともない、自分でゼロから作った」というラオの主張については、若干疑わしい。

ドンのチームに音楽史の専門家が入っていることから、製作サイドはそれなりの時代考証を求めていたことが推察される。しかし、ラオの経歴を見ても中国の古典音楽に関するバックグラウンドはあまり感じられないのだ。
ラオも、大人気ドラマ欢乐颂の劇判や有名歌手(であり习近平主席の奥様でもある)彭丽媛が06年の中国版紅白春晩で歌った曲の作曲を担当するなど、ひとかどの人物ではある。また映画劇伴作曲の経験もある。
しかし彼は元々ロックギタリストで、いままで歴史もののドラマや映画を手掛けた様子も見られない。日本と同様、中国の古典楽器がわかる人物でショービジネスと関わるのはかなり少数派で、継続的に映画音楽製作に携わるドンはかなり異色だといえる。そうした人物が、製作側のこうした要求に応えられただろうか?

あくまで推測にはなるが、時代検証はなされているドンの作品をある程度参考にした上でそれを加工し、監督がOKを出せるところまで持っていったというのがラオの役割でないだろうか。
ラオは業界慣行などを考えればこの程度でもめ事になるとは思わなかったが、乐视側がドンにきちんとクビを申し渡さず、公開後に抗議を受けても約1か月放置するなど適当な対応をした事、そして金馬賞受賞のニュースが合わさり、ドン側の怒りを招いた…といったあたりが真相ではないかと思っている。

・・・・

長い時間をかけて製作を行う映画という産業ではプロデューサーや監督と同様、音楽担当の途中降板や交代はよくある話だ。しかし業界に関わる人間はみなそうしたものだとわかっているし、きちんと事情が説明されて応分の報酬が払われれば今回のような問題になる事は少ない。

今回制作会社として指揮を執っていたのは有名創業者贾跃亭が様々な問題から蹴りだされた後の残骸である乐视であるというのもポイントだ。今の乐视は優秀なスタッフはほぼ逃げ出した後、そしてそもそも会社としても大作映画を作った経験も乏しい…というあたりが本当の問題の根源ではないかと、個人的には思うのだが。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です