とあるフォロワー1600万超KOLとの対話

先日機会を頂き、超大物と言っていいKOL(Key Opinion Leader≒インフルエンサー)と話すことができた。この人物は微博で1600万以上のフォロワーをもち、今では自身の活動の他に、KOLを束ねるマネジメント会社を経営している。
この一連の対話はインタビューと言う形で申し込んだわけではなく私的な場での会話であり、このKOLの名前は出さない。しかし過去から現在にかけて中国のSNSがどう変わったかなど、市場、人、そしてアプリビジネスの変化へ様々な視点を含んで非常に興味深い内容だったのでシェアしたいと思う。少しネット事情を知っていると「微博なんて時代遅れだ」と思うかも知れないが、今回の内容は当然昔話ではない。

「微博における1600万フォロワー」がどれだけすごいかを説明するのは難しい。ただ個人的に中国のインターネットやSNS、アプリに関する統計は、大雑把には日本の10倍前後と捉えるようにしている。なので日本の同じく成熟しているTwitterの160万フォロワーと考えてもらえば良いかと思う。
日本のフォロワーランキングの上位で言うとトップが有吉弘行で700万、女性だときゃりーぱみゅぱみゅで530万くらいなので、上位芸能人には届かないが、一般人としては突出しているという感じだ。実際微博でも芸能人のトップ層だと5-8000万フォロワーという人たちもおり、大体この感覚に当てはまる。

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簡単なまとめ

下に一問一答のような形でまとめたが、最初に概要をまとめておく。ポイントは以下の4つだと思う

  • KOLの時代からプラットフォームの時代へと大きく変化。特殊な才能を持った個人だけでは最早戦えず、プラットフォームがちょっと目立つ普通の人(マイクロKOL)の夢を搾取しながらお互い客を奪い合うのが現在、および近い将来の絵図

  • 中国は投資が集まりやすいということがよく語られるが、この世界は一般以上にさらに成功の基準や方法論といったものが存在しない。再現性もないので才能への投資でスケールすることは現実的ではない

  • KOLに必要な素質とは?文章を考えるときに何に気をつけているか

  • マネジメントの目から見た90后,00后の姿の特性

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なぜ微博をはじめたのか?他のアカウントとの差別化は?

初めた当時は外国に住んでおり、例えばTwitterなどで流れる中国国内に自然には入ってこない外国の面白い情報を流すだけで興味を持ってもらえるのでは?と思った。しかし当初からビジネスになると思って初めたわけではない。当時は別に職業を持っていて副業禁止だったのでこそこそやっていたが、結果としてフォロワー数がかなり増えたので、帰国してKOLビジネス一本で食っていこうと決めた。当初は従業員を雇うことは考えておらず、ひとりで営業をしつつつぶやく内容を考えていたので死ぬほど忙しかった。
正直、商業化する直前が一番やっていて面白かった。今では自分のブランドとそぐうかとか、色々面倒なものを考えなければいけないので。

自分と同じようなある意味「壁(GFW)の存在を利用したビジネス」をしている人は他にも沢山いる。自分と同じ国を題材に、同じような切り口で書いている人も当時から沢山いた。
その差別化として考えたのは正確性。地味で基本的なことではあるが、中国語がわかる現地人がやるにせよ、現地語をわかる中国人がやるにせよ、ネタの背景を理解していなかったり、そもそも書かれている事を間違って理解していたり、よしんば理解が正しかったとしても表現が悪かったりと、意外とちゃんとしていないアカウントが多い。自分はその外国語を中学生の頃から学んでおり、その能力にも一定の自信があった(注:英語を除くと、大学から外国語を学び始めるのが一般的)。

ちなみにはじめてのスポンサーはフォロワーが6万人程度しかいない時で、もらったのは500元くらい。その時の担当者はよくその程度の規模の自分をみつけたなと思う。

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微信は使わない。微博から抖音に、その違いと背景にあるもの

KOLマーケティングは微博の時代から、今は抖音※や小红书の時代に移っている。微信は勿論SNSとしては一番有力だが、どう頑張ってもマネタイズに限りがあり、自分たちは使わない。この背景には戦術面での大きな時代の変化、つまり自分のような著名KOL、网红が個で戦う時代から、プラットフォームが主導権を持つ時代に変わったという現象がある。

※抖音:いわゆる短视频=ショートビデオ投稿サイト。音楽に合わせた面白い動きを投稿する。日本でもTik Tokという名前で公開され、あまり中国発と知られないまま一定の人気を得ている

抖音のUIを見ればわかるが、このアプリは、起動するとランダムに現れる動画を見て、つまらなければスワイプして消して…という遊び方が大半。色々自分で絞り込むこともやればできるが、そういう使われ方は少ない。しかしこの「ランダム」は利用者がどういった動画を長く見たかなどのビッグデータを用いてレコメンされており、さらにいえば運営側はどれを見せるかを操作することもできる事を意味する。
それが意味するのは、見せるコンテンツの主導権を視聴者やKOLではなく、プラットフォームが持っているということ。以前は「KOLがプラットフォームを選ぶ」だったが、こういった仕組みのもとでは、プラットフォーム側の協力がないと影響力を持ちようがない(逆に言えば、運営に嫌われたら表示されなくなってKOL人生が終わることすら考えられる)。

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90後・中学歴という新しい人たちがオーディエンスの中心に。全てのプラットフォームは成熟と共に「普通の人」が増えてくる

自分が事業の基礎を築いた時代の微博のKOLは、SNSだからと「地方のさえない男のぼやき」みたいなキャラ作りをしていた人もいたが、実際は都市部高学歴の人が大多数(ここで僕の知らない有名アカウントの名前を挙げて「実は中の人は大学教授だったんだよ」等と言って、同席した他の友人が驚く)。年齢も大体25以降、30代も多かった。

先に挙げた抖音もだし、快手もそうだが、いま流行しているユーザーの大半は大都市以外の住人で若い。正直に言って北京や上海などに住んでいる自分たちからすればつまらない、何が面白いかわからないコンテンツがウケているという感覚もあると思うが、それは自分たちのほうが「外れ値」なのだと自覚したほうが良い。そういった感覚ではマスマーケティングはできない。
これはまた、そういった田舎の人でもインターネットにアクセスできるという自由を手にしたという意味でもあり、確実に良いことだ。

それ以外に、勿論「若者の感覚がわからなくなってくる」という別の普遍的な問題もある。自分も正直、数年前から当たると確信していたものが当たらなかったりといったことが何回か出てきた。現在は若いスタッフなどの声を聞いてバランスをとるようにしている。

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KOLの変化。不動の大スターの時代から、入れ替わりの激しいマイクロKOL乱立の時代に

ユーザーの変化と共に、KOLの属性も変わってきた。まず一流大学出身者などではなく聞いたこともない大学や大専のような階層が中心になった。年齢層も20歳前後と以前と比べて若い。自分の事務所も何人もそうした若者と契約しているが、明確に芸能界に行きたい!これで金を稼ぎたい!という上昇志向はあまり感じず、「注目されているから楽しい、お金は二の次」という感じ。この稼ぐことへの執着の違いが非常に大きいと思う。これはプラットフォームにとっては都合がいい。あまり物を知らない若い子を安く(或いは無料で)使い放題ということになるので。
実際に最近契約した子だと、フォロワー数に対して適正な値付けがされておらず、自分の会社が関わるまでは市場価格の1/5程度しか払われていなかった。でもこの子も「お金がもらえてラッキー」くらいの感覚だった。

これはまた、中間商、代理店というビジネスの終わりも意味する。タレント本人が「お金をもらえてラッキー」としか思っていないのでは、商売が成り立たない。

上記の抖音の部分でも触れたが、プラットフォーム側は大KOLの存在に非常に複雑な思いを抱いている。自分たちのプラットフォームへの集客になる一方、大きくなってしまうと自分がコントロールできなくなり、疎ましい。しかし抖音のようなUIであれば、こうしたKOLの生殺与奪をプラットフォーム側が握ることができる。KOLの卵たちもそこまでガッツと欲望があるわけではないのでそこそこ注目されるだけで満足していることが多く、プラットフォームとKOLの事情が合致し、結果として別に個性や特別な芸があるわけでもない小規模なスターが現れては消え、現れては消えていくという状態になっているのが現在。

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実際に消費させる力があるのはマイクロKOL

(注:本稿のために話を整理しなおすと、この項目については前後と多少矛盾を感じないでもないが、とりあえず掲載する)
自分のような1600万のフォロワーを持つ人間が例えば「今XXにいるので、周囲にいる人は来てください!会いましょう!」とやっても、おそらくほとんどの人は集まらない。また自分のグッズなどを買おうという人もそこまではいないだろう。あまりに大きくなりすぎた。しかしフォロワー数万から数十万程度の自分のアシスタント(当日も参加していたが、いかにも量産型ネットアイドルという感じの容貌。95年生まれとのことなので23歳)が呼びかけたら、結構売れると思う。これはリアルでのイベントを仕掛けてみると集客で露骨にわかる。

日本のAKBと共通点があると思うけれども、人々は自分の家族だから商品を買うし、握手したいと思うんだろう。あまりにフォロワーが多すぎると最早「自分ごと」ではなくなってしまう。マイクロKOLは実際に共感させ、ものを売ることにつなげる力は持っている。こうした「距離の近さ」が中国語でいう粘度(注:文字でなんとなくわかるけど正確な日本語訳が難しい言葉のひとつだが、アクティブ率や回帰率のような概念)を生む。

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KOLにはどのような素質が必要なのか?

网感(ネット感)。これは一言では説明しづらいが、ネットで何が求められているか、自分を見ている人が何を見たいのかを察知して、瞬時に行動していく力につきる(注:以前インタビューしたネットアイドル事務所のマネージャーも同じことを言っていた)。今は技術や美貌だけでは無理だ。

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KOLマーケターから見た90後、00後評

ぼんやりしている。上記のお金に対する執着もそうだが、全然ガツガツしていない(注:ちなみに最近いわゆる草食系に似た「佛系」という概念も流行中)。また、与えられた選択肢から自分が好きなものを選ぶことには非常に長けているのに、自分で考えて選択肢を生み出すことは非常に下手。マーケティングとしては事前に作り込み、絞ることに意味はない。何が当たるかもわからないから、考えてる暇があれば死ぬほどトライアンドエラーを繰り返すのが正しい。

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投資はこの業界にはそぐわない

こうしたビジネスは、再現性がない。この人が成功したから似たような人に投資すれば同じように成功するかと言うと、それは誰にもわからない。また自分が成功したからとノウハウを誰かに教えたとしても、その誰かが成功する可能性は高くはない。例えばPapi醤は本当に面白いが、その彼女ですら同じことを試み、成功していない。いわゆる网红工厂のような、一箇所に多くの候補生を集めてアイドルとして育成する数打ちゃ当たる形式もなくはないしそこに費用をかけるという考え方も否定はしないが、打率を上げる方法がないのであればあまり意味がある行為とは思えない。

投資を繰り返し得ながら拡大していくというのは中国でよくあるビジネスモデルだが、自分はその方法をとるつもりはない。

 

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何がコンテンツとしてウケるのか?

抖音をまた例に上げるが、映像でもUGC(User Generalted Contents)が増えている。また今言ったように、KOLも最早、特別な能力を持っているわけではない。
そのような環境において作られウケるのは「誰でも真似ができるコンテンツ」。この代表は今流行っている海草舞(注・・・わかめダンス?下記参照)。くだらないし、別に何も特別なことはしていないが、こういった自分でも真似できるコンテンツがウケる。特別な芸を持った人だけができることは見た人が驚くが、それ以上の伝染性はない。一発芸的なものでも充分。

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KOLをまとめることだけが強大になるプラットフォームへの対抗手段

強力になったプラットフォームはKOLをいつでも好きな時に殺すことができる。正面から当たっても絶対に勝てない。どうすればいいのかというと、例えばプラットフォーム側に知られないように大量の小さなKOLと連絡し同盟を組みプラットフォーム内の一定のシェアを裏で確保、ある日突然反旗を翻すといった方法が考えられる。「あなたがNoと言ったらこの100のアカウントは明日から他のプラットフォームに移ることになる」というわけだ。個の力では勝てない。

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自らが気をつけている事。インターネットはバカが集まるのではなく、バカになってもいい場なだけ

人々はスキマ時間でネットを見ている。そして自分たちが提供しているのは娯楽であることを忘れてはいけない。

友人でもある快看漫画(注: 中国のマンガアプリNo1)のCEOも言っていたが、こうしたサービスは「自分のゲスな所を晒す・かっこわるくていい場所」だ。また見る時間も限られている。そこで高級なことをいっても仕方ない。
例えば快看漫画の中には大富豪がいきなり脈絡もなく平民に恋するなどバカバカしいストーリーが多い。しかしそれは読んでいる人がバカであることを意味せず、リラックスして「バカになりたい・バカであれる場所が欲しい」というニーズに答えているだけなのだ。だからそこでバカなものを見て喜んでいる人をバカだと思うのは短絡的。自分のスタッフに原稿を書かせる時は四字熟語などを使わない。スキマ時間のリラックスにそんな難しい言葉づかいは求められていない。

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会話の後に(メモ)

まずなにより、この人物の名前を出せないのが残念だ。そしてそれが故にあまり説得力がないことも承知している。ただ同時に、中国でマーケティングに携わる人なら、このコメントの価値を(すこしおこがましい言い方だが)わかってくれるのでは?とも思う。自分がKOLだった時代もありながら、それを束ねてビジネスをするという両側面の経験を持つこの人物は非常にロジカルだし、大局を見ていることが言葉の端々から感じられた。これは単なるアイドルでは出来ない芸当だ。

話の中でこの人物は何度も、「ビジネスをする時は政治をまず考えるべきだ」と言っていた。ここでいう政治とは(はっきり自分で言っていたわけではないので推測だが)別に共産党政権に対する云々ではなく、「自分がどういうルールのゲームに参加しているのかきちんと理解してからプレーする」ということなのだと思う。中国では明文化されたルールもだし、「どうやってルールを外れ(ても生き延びられ)るか」ということにもまたひとつの目に見えないルールとして存在する。
そこに関わる人が誰で、それぞれどれだけの力を持っていて、抜け穴がどこにあり、注意すべきところはどこで、困った時はどこに働きかければいいのか。それを知らずに「ビジネスモデル」とやらを理屈で構築するだけでは、少なくとも中国で生き延びていくことはできない。ここで名前を挙げずにすら書くのがためらわれるような話も含めて、当日の印象ではそういったをこの人物は言いたかったんだと思う。

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全体を通して感じたのはこれが結局は従来型のテレビ局とタレント事務所の綱引き関係に類似してきているということ。テレビ局は数多くの視聴者(ネットでいうところのPV)を持ち、その「露出をしてあげる」ことと引き換えに売れてないタレントを安く使う。ネットも同じで、抖音もこうした露出のためにバーターでタレントをつかうことになる。そしてその次の段階として、力をつけたタレント事務所が、その影響力で出る作品を選んだりキャスティングに影響力を及ぼしたりする。しかしいくら大きな影響力を持っていても、ひとりのタレントでは局と戦うことは出来ない。このKOLが言っていた「小さなKOLをまとめてプラットフォームと交渉する」という第二幕はまさにこれに当てはまるだろう。
そして、「コピーしやすいもの」というのは売れるお笑いのある種典型的なものだ。テツandトモしかり、PPAPしかり、ラッスンゴレライしかり。日本では「子どもが真似しやすい」が基準として言われることが多いと思うが、何にせよ似たようなことが今中国でも同じことが言われているというのが非常に面白い。ある意味で舞台は変われど歴史は繰り返す、ということなのだろう。

ある種のウェブサービスが「自分のゲスな所を晒す」場になっているというのも面白かった。「バカやってる人間を本当のバカだと思っているやつが一番バカ」というのは中川淳一郎氏の「ウェブはバカと暇人のもの 」とは対照的な主張ということになるだろうか。

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