前回取り上げたように、ジャック・マーは自らの出身地浙江省杭州に、まず経営者向けの大学(私塾)を作り、今度は幼稚園から高校まで15年制を謳った一貫校を作ろうとしている。中国の教育制度はその苛烈さと共に、カリキュラムの古さや教師の権力が異常に強いことなど、様々な問題点が指摘されている。

まったく背景を持たないながらに中国のトップに上り詰めたジャック・マーは、果たして教育の世界にも新風を巻き起こすのか?今回は華南師範大学という教育専門大学の研究院が大手ポータルサイト搜狐の教育ページで発表した記事を翻訳してみようと思う。

ちなみにこの学校のオープン時期については正式な発表はないもののおそらく19年度からと言われており、施設の工事もまだ始まっていない。先日二回に分けて行われた説明会は当然即日満席になったとのこと。2010年9月1日-2011年8月31日生まれの子供さえいれば外国人でも応募はできるようなので、ぜひ誰か試してもらいたいものだ(ただし、親が杭州で働いている証明が必要)。

あまり知られていないが、日本にも財閥系をはじめとして、企業・経営者により設立された大学は存在する。またアリババと関係が深いソフトバンクもサイバー大学を設立している。しかし高校やそれ以下については以前は存在したようだが、現存しているものを聞いたことがない。

 

翻訳:教育部も注目のジャック・マー、彼の雲谷学校は如何に最新の教育理念を実現するか

出典:搜狐教育(2017/2/23)”教育部点名表扬马云!看他的云谷学校,如何将最新的教育理念落地”

今年1月5日に海南省三亜で実施された”2016ジャック・マー農村教師賞”の授与式典を覚えているだろうか?アリババグループの董事局主席ジャック・マーが李连杰、那英、汪涵、宋小宝などのスターを引き連れ、100人の農村教師に向けて盛大な式典を行った。

最近、教育部(訳注:日本の文部科学省相当)は”12届全人代第四次会議における第4711号提案に対する回答(摘要)”の中で、著名な企業家であるマーが農村の優秀な教師を勇気づけるために自費で賞を設立した件に触れた。

マーは、単に商業界の大物であるだけでなく、教師出身で、教育に情熱を傾ける改革者でもある。湖畔大学を設立し、「ジャック・マー農村教師計画」を開始した後、幼稚園から高校まで全ての教育課程をカバーする学校、雲谷学校が杭州西湖区に設置され、同時に2017年の生徒募集を開始した。これはどのような学校なのか?管理システム、またコース設計などの面において、どのような特徴やイノベーションがあるのだろうか?

雲谷学校はアリババグループの共同出資者によって設立された。13億元もの巨額の資金が投下され、幼稚園、小学校、中学校から高校に至るまで、一体化されたベースに基づいた教育が行われる。2017年は、1年生は3つのクラスに各20人、7年生の募集は2つのクラス、それぞれ24人が募集されている。

公式サイトに公開されている資料によると、雲谷学校の特徴は

1)本校の特徴は「パーソナライゼーション」と「科学技術志向」を基礎としている点

2)学校管理の面では、チューター制、教育だけでなく宿舎での生活なども提供する学院制、固定のクラスを持たない走班制を採用する

3)カリキュラムの面では、校本化课程的に基づいた計画を行い、プロジェクト型学習、テーマ型学習、中国語・英語でのバイリンガル教育環境の整備、ビッグデータやAIを利用した教育品質の向上などを目指す

特徴1 チューター制

既に報道されているように、雲谷学校は教師と生徒の比率を1:5という驚くべき目標を掲げている。そしてそれをベースに、国際的には大学で採用されていることが多いチューター制を導入する。雲谷学校では、各生徒に専属のチューターがつき、生活面などでの指導を行う。

チューター制は学生に対する個別対応を強化し、学習面だけでなく生活面においても、一対一の形で指導することを目的とする。国内外の有名学校ではこのシステムは教師と学生の間にある種の徒弟関係を作り上げる。

学科教師と比較して、チューターは学生の興味と性格を把握することを重視し、学生と厚い信頼関係を築きやすい。雲谷では、チューターは単に学生の師ではなく、友人でもある。チューターは学生それぞれの情緒面での発展と心身の健康に注意を払うことができる。低学年の生徒にとっては、チューターはよい生活習慣を築き、他の人とのコミュニケーションの方法を学ぶ手助けをできる。また高学年に対しては、伴走者として彼らの学業面での挑戦を助け、成長の苦悩や生活上の迷いを解決することを助け、生徒の才能や潜在力を引き出す手助けができる。

事例

北京四中、北京十一学校、北京大学付属中学など、国内の学校でも既にこのチューター制度を取り入れている。チューターは学生の個性を伸ばし、生き方、学業、心理方面などの専門的な指導など生徒の要望に応えることに集中する。

特徴2 学院制

伝統的な学校では行政班をコアにしており、学生はあるひとつの固定のクラスに所属していた。しかし雲谷学校にはこうした伝統的な学級の考えかたはなく、違う学年の生徒同士が共に交流し、色々なイベントに参加する。学校側も生徒同士が同じ興味関心を持った相手を探し出せるようサポートし、生徒たちもお互いに交流し、認め合う事で共に帰属感を得ることができる。学院での生活は、学生たちが本物の社会に足を踏み入れる前にコミュニティの中で人との交流を学ばせ、生徒に成長と発展の機会を与える新しいやりかたなのだ。

事例

先日好評された北京大学付属中学における制度改革の成果では、行知、元培、博雅和道尔顿などの特色ある4つの学校では、学院は8つの学生は学院が提供するカリキュラムの中から自由にコースを選ぶことができる。

特徴3 走班制

いわゆる走班制度は伝統的なクラス制度によらず、教室と教師は固定され学生は自分のレベルと興味、そして目標に応じて自主的にカリキュラムを選択できる。自分の「オーダーメイド」のカリキュラムに応じて学ぶことで、学生は成長の中で個性を磨くことができる。雲谷は小中高で徐々に走班制度を導入する予定だ。

雲谷学校の走班制は二つのレイヤーに分けられる。

まず、伝統的な学校にありがちな100人の学生が「同じ本を読み、同じようにクラスに参加し、鍛錬する」という形を避けるために学生の個性、学習方法のリズムや方法に応じ、またやる気に応じて、学生に最大限、自分の真の学習環境を引き出せる環境を用意する。

第二に、特に芸術や体育など分野において、学生は学生自身の興味と特徴に応じてクラスを編成することで、多くの時間を自分が興味を持った分野に充てることができる。

事例

北京十一学校は2011年より固定のクラスを廃止し、走班を採用した。この学校には300ものクラスと200のサークルがあり、学生は自主的に選択することができる。

特徴4 プロジェクト制学習、テーマ式学習

国内外の先進的な教育理念を導入する以外にも、雲谷は将来的に最先端のカリキュラムを提供する。

プロジェクト制学習・テーマ式学習は学科同士の壁を打ち壊し、様々な学科の視点からひとつのテーマを考えさせ、生徒の知識と総合的な能力を伸ばすことを助ける。

雲谷は国が定めるカリキュラムに則って制度設計を行っており、そこに潜在能力を開発し、発展させるカリキュラムを足し合わせて独特なシステムを作り上げている。プロジェクト制・テーマ式・個性成長サポートセンターなどの先進的な教育方法を通じて、パーソナライズされた教育を実現し、学生が元々備えた基礎の元に能力を発展させる。

事例

いくつかの中学校ではこうした方式が取られている。例えば史家小学校の博物館カリキュラムや亦庄実験小学校の万物啓蒙クラス、人民大学付属小学校の長城クラスなど。

特徴5 ビッグデータとAI

それ以外にもインターネット企業が設立した学校として、雲谷は非常に科学技術と教育の結合に力を注いでいる。アリババの技術サポートのもと、ビッグデータやAIなどを活用して教育の品質を向上させるのだ。実際に前線で使われている技術を学校教育に導入することで、学生の探索欲、創造力や創造力を刺激する。そして科学技術によって、教育の恩恵を子供たちに与える。

事例

Facebookの創始者が1億米ドルを投資して設立(訳注:正確には出資しただけで、実際の運営者ではない)したAlt Schoolは、教育、デザイン、プログラミング、創業のための小学校だ。この学校ではプログラマーは教師に相当し、Google,Uberなどで働いた経験のある45名のプログラマーが45人の教師に1対1のサポートを行っている。

特徴6 中英二か国語の教育環境

雲谷は中国語と英語のバイリンガル環境を備えている。外国語教師は欧米を中心に海外の様々な国から招かれている。体育は水泳、フェンシング、テニス、ラグビーなどの種目があり、芸術系では、陶芸、中国語、彫刻、油画、声楽、器楽などがある。その他にも生活技能や地球市民プログラム、健康教育、安全、食育、礼儀作法、環境保護、異文化交流などがある。

特徴7 豊富な学校内外生活

雲谷のカリキュラムは「バイリンガル」、「人文社会」、「数学科学と技術」、「スポーツと生活」、「芸術」の5つの領域から構成される。

通常カリキュラム以外にも、社会とサービス、伝統文化、研究学習旅行などの様々な学校内外でのイベントを企画している。例えば研究学習旅行では博物館を見学したり、様々な地方を訪れる、FAMOUS探訪、提携校での学習など、旅行と学習をあわせた形が用意される。

同時に、学校では様々な学習や競技の大会を開催し、団体意識、リーダーシップなどを涵養する。

 

雲谷学校はどのような学生を育てるのか?

このような特徴を見ると、我々は雲谷にちょっと期待してしまうのではないだろうか?初期に発表された改革の特徴は、教育界をウキウキさせた。学校が解放した予約名簿は即日一杯になってしまった。

まだ準備段階とはいえ、実際に開校したあとはどのような学校になるのだろう?どのような学生を育てたいのだろうか?すべてを知ることはできないが、マーがこれまで行ってきたスピーチの中の教育に対する考え方の部分から、オーナーとしてのマーの教育理念と手がかりを看取ることができる。

どのような学校にしたいのか?

中国に立脚し、グローバルを視野に入れた子供を育てる。幼稚園と小学校は教育の「育」を主に、中学校と高校は「教」を主にする。

どのような学生を育てたいか?

グローバルな視点を持ち、楽観的に挑戦に立ち向かい、豊富なイマジネーションで未来を創り、同時に強い自律能力を持つ学生を育てる。この4つの能力を備えた子供は中国の未来の希望だ。

中国の教育の未来はどのように発展するか?

中国の「教」は非常によいが、「育」には足りない部分もある。德智体美のいずれも足りているとはいえず、育を起点としないと、中華民族は真に人々から尊敬を受けることができない。
どの国家が勢力を誇るかは、先端の科学技術を持つのがどこかではなく、最も弱い部分を持つのがどこかによる。もし6000万の子供が貧弱な教育環境で成長したら、中国は強い国家になったところで何者にもなることなどできない。貧困、非先進国、発展途中の国家は多くこのような問題を抱える。教育が追い付かなければ、人類平和、発展、繁栄などはすべてまやかしだ。

 

EQ、音楽体育美術教育はどれくらい重要か?

もし成功しようとしたら、EQは絶対に必要だ。それ以外に子供のLQ(愛情指数)を養う事が重要だ。EQが高ければ成功する可能性が高いし、IQが高ければ失敗しない可能性も高い。しかし人々に受け入れられるには、LQが必要だ。LQは世の中であったことを自分の問題としてとらえ、自分と一見無関係なことにも責任感を持つことだ。

しかし実際の所、中国の「育」のレベルは非常に低い。昨晩たくさんの先生に「何を教えていますか?」と伺ったところ、数学や国語だった。体育、音楽、美術、これらは私たちは重視してこなかった。しかし生徒に一生先生の事を記憶させるためには、音楽、美術、体育などの時に人としての道理を説く事が最も効果的だ。

マーが農村教師の授与式など公開の場で説く独特の教育理念の中で、彼の中国における教育の注目点と理解を見ることができる。創業前杭州電子科学技術大学で7年もの間英語教師を務めたマーは、ずっと教育事業に夢中だった。2015年4月、マーは母校に1億元を寄付し、杭州師範大学ジャック・マー教育基金を創設している。

それ以外にもマーは農村教育に関心を注いでいる。2015年9月、ジャックマー公益基金会は「ジャック・マー農村教師賞」を正式に開始し、毎年100名の先生を選び、10万元とトレーニングの機会を贈呈している。マーが自分の微博のアカウント名さえ「農村教師の代弁者- ジャック・マー」に変えたことからも、彼が教育事業をいかに重視しているかがわかる。

2017年、マーは待望のこの学校の「主」として、言葉を寄せた。それが以下だ。

(訳注:以下は上記の翻訳)

人々は常に、知識は力だという。実際、知識と智慧が合わさると、本当の力になる!
知識と智慧は同じことではない。知識は学ぶことができるが、智慧は体験を通してしか学ぶことができない。

ビッグデータの時代に、機械は人より確実に賢いだろう。機械は人間より計算が早く、記憶も正確だ。しかし、未来において比べられるのは知識ではなく智慧であり、競争するのは教育だ。

「教」と「育」は二つの概念だ。教、教えるのは知識で、育、育てるのは文化だ。
「学」と「習」も二つの概念で、学は知識を学ぶことで、習は間違いを犯し、そして想像することだ。

中国における教育は、二つの側面に分けることができる。教は非常に優れており、育は普通で、教は育を上回っている。「教」についていえば、世界を見渡すと中国で成績が中や下クラスの生徒でも、欧米に行けば最優秀な生徒になる。しかしそれは競争力が最強というわけではない。

育は育てることで、すなわち啓発である。教師は指導を通して、子供たちのよい心に火をつけなければならない。学習と興味の意欲に火をつけなければならない。無限の想像力と創造力に火をつけなければならない。それでこそ、子供たちを完全で、幸福な人に育てることができる。これは受け身の学習しかできない機械とは違うのだ。

当然、皆の教師に対する、学校に対する期待は高い。しかし教の主体は教師や学校であるが、育の主体はそれだけではなく、家庭や家長が参加することが必須だ。

育がよくなければ、子供たちは人としての道理を欠くだろう。探求の喜びと学習のヒントを得ることはないだろう。そして、間違いを犯す勇気と機会を得ることもないだろう。私たちの子供は、どうして未来を迎えられるだろう?

雲谷では、幼稚園と小学校は育を主に、中高は教を中心に据える。

幼稚園の啓発の段階では、音楽、美術、体育などを通じて子供の能力を刺激し、子供の奥底に文化的な基礎と種を植える。

小学校の時は、スポーツに対する愛に気付かせ、団体意識を育てる。同時に東方の智慧と西方の知識を与え、正確な価値観と、人として事をなす良好な習慣を身につけさせる。

中学校に至ったら、技能・技術を学ぶこと以外に子供たちの規律性とプレッシャーに立ち向かう能力を鍛える必要がある。

高校では、子供たちに興味の持てるものを探し出させ、自分の未来の方向を見つけさせ、同時にグローバルな人材選抜と競争の準備をさせる必要がある。

雲谷が育てる子供は、グローバルな視点で物事を考えることができ、楽観的に挑戦し、豊富な想像力で未来を創造し、同時に強い自律能力を持つ。これらは子供たちが未来に立ち向かうために備えなければいけない4つの能力で、中国の未来のありかである。