中国・浙江省杭州にある西湖のほとりに湖畔大学という名前の「大学」が2015年設立された。これはアリババCEOのジャック・マーをはじめとした成功者9人の共同出資により設立された非営利の私塾のような組織で、正式な4年制大学ではない。

今回はその「生徒」が記録したこの湖畔大学での授業の模様などを紹介する記事を翻訳して紹介しようと思う。なお取材を受けたのは微微拼车という乗り合いサービスを起業した王永という人物。
ちなみに湖畔大学の受講資格は公式サイトによれば「起業三年以上、年間売り上げ3000万元以上、社員30人以上」の会社の経営者でしかも3人の推薦人(内ひとりは学校指定のリストから)、学費は3年で28万元とされる。ジャック・マーによる授業の様子は、公式サイトでも一部動画を見る事が出来る。

なお、ジャック・マーはこの湖畔大学の一年後、2016年には同じ杭州に幼稚園から高校まで15年間一貫で学ぶことができる学校「雲谷」の設立を宣言している(関連記事: 教育部も注目のジャック・マー、彼の雲谷学校は如何に最新の教育理念を実現するか)。
「もともとは英語教師であるマーは教育に対しても熱心だね」というのが中国での一般的な見方である反面、「大学」の前身は実は成功者のサロンで、名称に変えたのは当局に対する阿(おもね)りと摘発逃れであるというような指摘もあり、その意図がどこにあるのかは明確ではない。

参考:アリババが香港英字紙買収――馬雲と習近平の絶妙な関係(News Week Japan。著者は遠藤誉)

個人的にはその程度の疑惑でジャック・マーを潰すのはちょっと無理があるとも思うけれども、逆にこの大学の共同創設者のひとり郭广昌はいっとき司法の捜査のために「連絡が取れない」状態に置かれたこともあり、天下のマーといえど、そこまで安泰でないかもしれない、と言われると否定もできない。

今回紹介する記事が掲載された澎湃新闻(英文名:The Paper)も、一見読みやすいカジュアルな装いの文章が多いがその実、党の強い関与が疑われる媒体である。であればこの記事もタイミングも内容も、何かしらのメッセージを含むと考えることもできる(そもそも、この大学の授業内容は本来は公開されない事になっているわけで)。

こうした「よくわからなさ」「裏を読もうと思えば読みたいように読めてしまうが、本当に裏があるのかはわからない」といった現象は中国を見ていると時折めぐり合うが、これといっていい解決方法があるわけではない。個人的にははじめから立場を決めて有るか無いかもわからない「意図」を見抜こうとするより、「よくわからないもの」として総体をとらえるほうがよいとは思うが。

 

湖畔大学での5日間:すべてが収穫で、大満足!

出典:澎湃新闻(2015/3/30)

(前書き)

3月29日、湖畔大学の初回受講生の第一週目のコースが終了した。俏江南の総裁汪小菲やCCTVの元プロデューサー王利芬などを含む36人のCEO学生の勉強はいったん終了し、日常の仕事に戻った。2か月後にはまた杭州に戻り、勉強することになる。

このアリババのジャック・マーが作った「大学」は彼が作った「余額宝」と同じようにまったく新しく、これまでの枠組みを大きく超えたものだ。湖畔大学が募集したのは経営者ではあるものの、マーの言葉を借りれば商学院が教えるのは「どのように成功するか」で湖畔大学で教えるのは「どのように失敗を避けるか」である点が大きく異なっている。湖畔大学はそもそも普通の大学ではなく、正式名称を「浙江湖畔大学研究センター」と呼び、教育管理部の所轄ではない。

結局、普通の商学院と違うのはどこだろうか?マー校長(訳注:ジャック・マーは湖畔大学で校長を務めている)はここでどんな薬を売っているのか、というのが外の世界の注目するところだ。

湖畔大学は対外開放せず、受講内容も厳格に秘密保持されている。しかし、学生の日記から、すこしだけその内容を垣間見る事が出来る。

澎湃新闻は湖畔大学の一期生、微微拼车を起業した王永に依頼し毎日彼がどのような時間を湖畔で過ごしたか記録してもらった。彼は2003年の北京大学EMBAであり、その資格は十分にあるだろう。

ここからは、王永が湖畔大学で過ごした第一週の記録だ。

ジャック・マーと微微拼车CEOの王永

日付:3月25日(水)
天気:曇りのち晴れ
クラス:09:00-22:00 湖畔大学準備コース。大花华领国际B1 でみんなで琴を作って演奏

湖畔大学が始まった!一日目の任務は琴を作り、それをみんなで演奏する事。1日ずっと杭州木芸実験室にこもり、木琴を作った。全部で36人いる同級生は6つの班に分けられ、各班はそれぞれ2つの違った木琴を完成させ,二日後の入学式の時に演奏しなければいけない。材料を選び、磨き、音階を作り、漆を塗るすべての過程は自分で手を動かす必要がある。グループの団結を高める研修と似たようなもので、目的は役割分担をしながら作業を進めることだ。僕たちの組の作品はイケてるだろ?

僕たちは10時過ぎまでずっと忙しかった。一緒の班になった刘成城(36氪创始人)、赵翼(乡土乡亲创始人)と一緒にホテルまで6km走って帰ったんだけどすごく爽快だ!学校には宿泊施設がないので36人はみな近くのホテルに泊まった。

PS。昼はみんなで一緒に弁当を食べて、学生時代に戻った気分だった。超興奮!

 

日付:3月26日(木)
天気:にわか雨
クラス:09:00-17:00 湖畔大学準備コース 大花华领国际B1  “互黑(相互つっこみ)大会”
課外活動:18:30~20:30 キックオフディナー 九里云松度假酒店「いま生まれつつある湖畔」

本来は琴を作る日だったけど、思いがけず昨日1日で作り終えてしまった。なので、朝は琴を作る過程についての感想戦をした。先生はこれを「己を知り、お互いを知るための過程」だといった。そしてクラスメイト達が順番に自分の体験をシェアした。僕の一番目の仕事は抛砖引玉((れんがを投げて玉(ぎよ/く)を 引き出す>)自分のつまらぬ意見から相手の素晴らしい意見を引き出す)で、さんざん刘成城につっこんでやった,ははは。

最後には、この共有会は「つっこみ大会」になってしまった。みな話が達者で、様々なつっこみかたでお互いをいじった。ストレートなもの、歪曲なもの、高級、徹頭徹尾つっこみ、普通っぽく見えて実は皮肉だったり…。僕たちの組は突っ込まれた率が一番高かった。出る杭は打たれる、そうわかってる、これは嫉妬なんだよね…

昼ごはんの前に、先生は各組自分の作品についての説明書を作るように指示した。こどもの出生証明のようなものだ。ここでも僕たちのグループは1番になった。

明日の発表のために、リハーサルを開始した。午後は本来室外でのリハーサルの予定だったけど、雨が降っていたので室内に場所を移して行われた。

クラスメイト達は才能を隠した人ばかりで、任晓倩(魔漫相机创始人)が弾く琴は非常にレベルが高かった。任向晖(万企明道创始人)の木琴も、赵翼のギターもそれぞれ上手だった。
僕はパーカッションを担当した。王利芬(优米网创始人)と任晓倩はうまいうまいとすごく持ち上げてくれて、CCTV音楽のプロデューサーにしてくれるといった。
夜の宴会には、理事の冯仑(万通控股董事长)、邵晓峰なども含め、豪華なゲストが参加した。邵晓峰はアリババの党委員書記、秘書長、首席リスク管理官で、彼はスピーチの中でこの一期生には有名な軍人を多数輩出した黄埔軍官学校一期生を手本にしてほしい、またこの中から世界中から幾人かでも、中国が尊敬を集めるようなグローバルな起業家が生まれることを願う、と言った。
浙江省政府の党メンバーであり、元浙江省工商局局長、“史上最もイケてる工商局長”と呼ばれる郑宇明も、参加を希望したが試験を通らなかった12名のクラスメートの名前を読み上げ、彼らは早くも1つの授業を受けた、君たちより1つ多い、それは「どのように拒絶と向き合うか」だ。もしかしたら彼らは君たちより先に行っているかもしれないといった。そして私たちを本当に戦慄させたのは教壇の上で12人のクラスメートを祝福さえしたのだ。

日付:3月27日(金)
天気:くもり
クラス:09:00-12:30 西子湖四季酒店宴会厅 湖畔大学開講セレモニー
14:00~17:00 湖畔大学7号ビル1階 湖畔大学第一課:ジャック・マーによる授業
17:30~19:30 湖畔大学7号ビル1階 CEO夜話 ジャック・マー、ブラックストーングループCEO スティーブ・シュワルツマンによる授業

湖畔大学が、今日正式に開講した!僕はこれからの3年間、ひいては一生をかけて一つの問題について考えなければいけない。「僕たちがいることで、世界はどう変わるのか?」
開講セレモニーに際して、校長のジャック・マー、理事の钱颖一(清华大学经济管理学院院長)、冯仑、沈国军(银泰グループ董事長)、邵晓峰(アリババグループ秘書長)等,教務長曾鸣(アリババグループ執行副総裁、参謀長),アドバイザー郑宇民(元浙江省工商局長),ブラックストーングループCEOスティーブ・シュワルツマンなどの大物が顔をそろえた。

船に乗って学校に行き、午後には初めての授業が行われた。マー校長が皆に戦略について話したのだ。史玉柱や学校理事の面々も一緒にこの授業を聞いた。僕はSNSに「現在マナーモード」と投稿した。

マーは戦略的思考について、系統化した説明をしてくれた。彼曰く、企業はまず「ミッション・ビジョン・価値観」についての考えを持たねばならず、その上で「戦略・組織・人材」について語るべきだ。KPI管理は「ミッション・ビジョン・価値観」を実現するためにある。このように、ロジックは非常に明確だった。
マーが話し終えたあと、メンバーと1時間以上色々な問題について話し合った。

夜のCEO夜話も、形式は午後のものと似ていた。その中で、ある人がブラックストーンのシュワルツマンに「どうやったらいい奥さんとめぐり合えるか」と聞いた。いい奥さんを探すことはいいパートナーや社員を探すことと一緒だから、この質問から類推することができると。またマーもその場にいて、彼が「どのような人が企業に向くか」という質問に「楽観的・責任感・反省力・攻撃されてもめげないこと」と答えた。まずボスが前線に立つべきだ、それは先頭に立って戦うということだけでなく、兵士より先に戦場に着き、部下や敵より先に戦場の地形がどうなっているか、そこで何が起こりそうかを知ることも含まれると述べた。
また、ゲームについてマーは以前ゲームはよくないものと思っていたので遊ばなかったが、現在はやっている一部のゲームはいい部分もあるし、彼の視点にもあっていると述べた。

 

日付:3月28日(土)
天気:晴れ
クラス:9:00~12:00 湖畔大学1号ビル2階(以下同じ) CEOの戦略芸術(一)アリババグループ参謀長曾鸣
14:00~17:00 CEO新視点:スタートアップ成長の道 Morning Side(VC)パートナー刘芹
18:30~20:30 CEOの武器:アリババのキーとなった決定の回顧(一) Ant Group(訳注:Alipayなどを管理するアリババグループの子会社) CEO彭蕾
今日は一日中授業で12時間、3つの授業、非常に密度が濃い日で、得るものも大きかった。

開講の2週前、大学から僕の元に事前学習資料が送られてきた。そこにはマーが2004年のアリババ5周年式典から2013年CEOの座を譲るまでに行った8つのとても重要な社内講話、曾鸣教授の「歴史的な会議の回顧」、2012年のアリババグループのスピーチすべてなどの内部資料が含まれていた。公開されている内容では省略されていた内容もあり、当時の実際の様子が伺われた。

このような資料を繰り返し、深く読み込み必要があった。そして議論する。マー校長の8つのスピーチは、アリババが発展する過程でのマイルストーンに行われたもので、実際の課題に根ざし、具体的な取り組みと将来計画が現れ、それがアリババの発展の歴史とリンクしていた。曾鸣教授の2つの文書も、戦略の角度から具体的にアリババが発展する過程での戦略を解き明かしている。
普通の商学院と違うのは、すべての先生が実戦経験豊富で、ケーススタディが非常に新鮮であることだと思う。みなそれぞれが収穫で、すばらしい!
しかし、今日以降も引き続き先生に役立つことを言ってもらうためにも、すべての内容は外部に公開することができない。
夜は、クラスメートである周航(易到用车総裁)の誕生日会に参加してみんなで色々な雑談をしたのも楽しかった。僕は12時過ぎまで、とある投資家と自分の事業のことについて話し、遅くにホテルに帰った。

 

日付:3月29日(日)
天気:くもり後雨
クラス:9:00~12:00 CEOの武器:アリババのキーとなった決定の回顧(二) アリババグループCEO陆兆禧
14:00~18:00 CEOの戦略芸術(二) 曾鸣

今日が第一回の最終日だ。午前中はアリババグループCEOの陆総裁の授業で、ユーモアにあふれ、内容も豊富だった。午後の曾鸣教授は企業の戦略と構造について整理し、系統化された知識をアップグレードできた。

すべてのケースはアリババを例に説明された。当然アリババのケースは所詮過ぎ去ったものでそっくり真似することはできず、そこから類推するしかないというのは百も承知だ。

第一週が終わったあと、10人のクラスメートは5分ずつ舞台上で自分が得た収穫について話した。僕は全員がそれぞれ天啓を得ていると感じた。僕自身も多くの問題についての答えを得た気がする。本当に無駄ではなかった。きっとクラスメートのみんなも、それぞれに持ち場に帰った後、自らの会社の状況についてさらに考え、調整していくだろう。

夜になって、秦致、慕岩、王利芬と一緒に飛行機で北京に帰った。湖畔大学の献身に感謝したいと思う。ここで、クラスメートである王利芬が最終日に発表したまとめを紹介したい。

  1. 企業発展のボトルネックは企業家で、企業家のボトルネックは悟りの能力だ
  2. 大部分の企業化の戦略の分析は点で、見識が足りない
  3. 今日の戦略決定は常に変わり行く状況の中でのバランスに基づいて考える必要があり、不確実性に対しての許容力が必要だ
  4. 戦略とは機会と能力の常に移ろいゆくバランスだ
  5. 戦略を定める過程で、需要の変化と商業環境の変化を把握することは非常に重要だ
  6. 経営モデルは顧客特性を把握する試行錯誤の中で生まれる
  7. 拡張とは、核心的な能力を複製することによって成される
  8. ひとつのプラットフォームに支えられていない起業は、成長することができない
  9. アリババの戦略はボトムアップによってできている。我々もそれを見習うべきだ。
  10. ECが顧客に届けることができる価値は、中間の各部分の運営コストを簡単にカバーすることができる
  11.  キラーコンテンツのないプラットフォームは駄目だ
  12. 社内で革新を産むための方法は、ひとつのことに集中し、他を削ぎ落とすことだ
  13. アリババの歴史をコピーすることはできない。たとえ同じ人が同じルートを再びたどったとしても、必ず成功するとは限らない
湖畔大学での日々は普通の意味での授業ではなく、いわば「洗礼」のような体験だった

私たちは皆、マーとそのチームがこの授業を特別に重視しているということを感じた。アリババのトップがそろって、こんなにも時間を使って授業をする。このことで、クラスメートみなはとても近い距離から、アリババの飛躍の契機となった事柄を観察することができる。我々は同時に授業において、先生たちがいかなる虚飾、欺瞞がなく、とても誠実に、どんなことでも答えてくれていると感じた。

僕自身の話をすれば、この数日は本当に大変だった。ラウンドBの投資を受ける大切な時期だったし、滴滴打车も4月1日に新サービスを発表しシェアライドに参入するということで、非常に大きなプレッシャーだった。しかもそんな中、湖畔大学での数日間の授業中、みな携帯電話は一箇所に預けねばならず、携帯をチェックすることはできない。外界から遮断されたのだ。初めのころはみな焦燥感を感じたものだけれど、二日後には逆に心地よく感じるようになってきた。学生時代に戻ったような感覚だった。昼間、僕たちのグループは川辺に座って、自分たちの長所を発揮しながらさまざまな問題について討論した。

36人のクラスメートはみな忙しい人たちで、それぞれが自分の分野における傑物だ。しかし湖畔大学に来て5日間、身も心も持てるすべてを注ぐということは今まで想像もしなかった。見たところ、クラスメートの中にはちょっと見てみよう、役に立たなかったらすぐ帰ればいいと思っていそうな態度の人もいた。しかし数日過ぎてみると、全員がここに来れたことを幸せと感じているように見えた。教務主任の徐斌と教務長の曾鸣が立てた授業計画は微に入り細を穿って、多くのクラスメートに期待以上だったと言わせるものだった。

湖畔大学の学生募集の条件の一つは、すべてのクラスメートが伝統産業であれO2O新型産業であれ、それぞれ自身の領域で絶技を持っている事。そうした人たちが一か所に集まるからこそ、そこに成長がある。湖畔大学での三年間で、会社の成長は勿論のこと、世界をよくしていくことにも貢献できたらと思う。
「僕たちがいることで、世界はどう変わるのか?」これは僕たちの夢だ。僕たちが努力して、かなえる夢だ。僕たちは自分たちを湖畔大学の創業者とみなし、一緒に中国の創業者の共同の夢を実現していきたい。