新疆ウイグル自治区が中国におけるビッグデータなどの先進技術を使った監視の実験場になっているという記事が最近WSJに掲載された(中国「完全監視社会」の実験場、新疆を行く(WSJ Dec22))。事情をある程度知っている人にとっては紹介されている個別の事象は別に新しいものではないが、例えば深センでは赤信号渡ったやつの顔が近くのディスプレイに表示されるらしいぞ!みたいな素朴な「中国テクノロジースゲえ!」の元になっている技術が悪用(何が悪かは置いておくとして…)されてウイグルの今があるんですよ、という理解の補助線としては面白いものがあった。

そんな中、機会があって非常に短時間だがウイグルを訪れたので、雑記めいたことを書き留めておこうと思う。

 

いきなり脱線のように聞こえるかもしれないが、大都市部の(少なくとも自分の周辺にいる)中国人はほぼ例外なく、怖い場所だと思っている。それは具体的な根拠があるわけではないけれど、ヨーロッパにおけるジプシーとまったく同じ「あいつらは人を騙す」「ものを盗む」という先入観(なのか経験からきているものかわからないけど、本当に異口同音にこのセリフを言う)から来ているもののように思う。聞いても別に具体的なことは何も知らないのに「あそこは『ちがうところ』だ」と言う。もちろん彼らの認識の中でもウイグルは中国ではあるのだが、しかし揺るぎなく「ちがう」のだ。それは単に離れているからではない。

訪れたのは新疆ウイグル自治区の北側「北疆」とよばれる地域。その中のウルムチとトルファン、そしてそこから鄯善(シャンシャン、偶然にも上記のWSJの記事にも登場する)に足を運んだ。北疆は比較的漢人が多く、締め付けも緩やかだと聞いていた。

 

まず着いたウルムチ市内は、正直そこまでではなかった。街の様子も、工業化され、密度はかなり薄いもののビルが多く立ち並ぶ、ある種見慣れた風景だ。ただ小さなレストランに至るまでどの施設にはいるにもどうやら基本的には荷物検査と金属探知機を通過しなければいけないようだ。

施設入り口に設置されている探知機類。

実際に見たことはないが、エルサレムなど爆弾テロの危険がある都市ではモールやホテルなどでは必ず荷物検査が行われていると聞く。そうしたことなのだろうか。

また、チェックイン時には中国人の場合、通常の身分証の提示だけではなく、顔の照合も行われる。外国人には適用されなかった。システムや機器はどうやら統一されておらず、ウルムチ駅の入り口の自動改札(通常の切符を通す自動改札の前に、構内に入るためには身分証をsuicaのようにかざす必要がある)はパスポートも認識したものの、その他の多くの場合は外国人である旨を告げると形だけパスポートを見て珍しそうにするくらいで、基本的にはノーチェックで通された。また下の写真のように独立した機器の場合もあれば入管で使っているようなパソコンにUSBカメラを付けている場合もあり、用途が同じ設備であってもバリエーションがあるようだった。恐らく導入機器には一定のガイドラインがあるはずで、その辺りをさらにつっこんで調べるといいかもしれない。

顔照合装置。右側の灰色部分に身分証を置くと、画面にカメラに映った顔が表示される。

しかし、数が多いとは言え、顔認証をのぞけばこうした装置自体は中国で暮らしていれば例えば地下鉄駅や空港で出くわすものではある。そして、ウルムチのレストラン入り口では、そういった他の都市でもみられるような適当な(というより実質行っていないに近い)検査体制だった。

 

ウルムチからトルファンへは高速鉄道で移動した。セキュリティチェックが非常に厳しいので早くいけ、と忠告されていたが、ここは意味もなく同様の検査を二回受けなければいけないくらいで、平時の中国の空港と同程度(靴は脱ぐ必要がない、アメリカや最近の日本のようなバンザイでX線?の全身検査などは不要)と感じた。一応、探知機の上にカメラがついていたが、それをモニターしている様子はなかったので、街頭の監視カメラと同様だろう。
ただし冬でみな厚着をしている時に上着を脱げと言われるのでそこでもたつき、実際には少し時間が多くかかるのは事実。また冷たい態度の警官に身分証の提出を要求され、旅行の目的などを正されたが、態度を別にすればこれは上海でもでくわしたことがあるので通常対応の域を出ないだろう。

扉に「身分証を持たないもの入場禁止」と書かれている

ひとつ気になったのは、ウルムチ市内であれ他の場所であれ、非常に道が狭いこと。これは意図があるかはわからないが、それなりの大都市であり、土地も余りまくりのウルムチ市内ですら普通の二車線道路が多く、そのせいで大して多くもない車は渋滞がひどく、しかし公共交通機関もなく…といった具合で生活に支障をきたしているらしい(まあこの警戒度合いで地下鉄を作った所で非常に不便であろうことは想像に難くない、といって建設は進んでいるらしいが)。またウルムチに限らず他の場所も道が土地に対して狭く感じたのは考えすぎだろうか?悪く考えようと思えば何とでも考えられるが…。
また車に乗っていてもうひとつ思ったのは、どの車も速度をあげない。運転手に聞いた所、速度制限が街の中では40kmくらい、周りに何もいないような道でも100も出せないとのこと。広大な風景の中でちまちま走るのは、かなり不思議な気分だ。

 

驚いたのは、郊外に出てだ。駅からクルマで30分ほど移動し、トイレ休憩のために荒野にぽつんと建っているガソリンスタンドに寄ろうとした所、運転手に身分証を持っていくように言われた。まず入り口はかなりごついバーが降りていて(本記事のアイキャッチに映っているのと同型。小さく見えるかもしれないが1m以上の高さがある)、ヘルメットをかぶったかなり体格のいい警官が3人。同様に身分証を要求され、「外国人だ」と告げても「身分証がないならだめだ」と杓子定規に言われ、「いやいや外国人だったら身分証なんか持ってないでしょう」などとうだうだやりとりしていたら後ろから少し偉い?人が出てきて、パスポートを見せたら興味深げに「チェック」はされたがOKしてもらえた。

ここにいた連中は銃こそ携帯していなかったものの、周囲にまったく設備のない、しかも別に重要な拠点でもない場所に体格のいいセキュリティが詰め、太いバーが降りている時点でかなり異様な風景だった。写真は撮りたかったが断念した。この様子だと確実にトラブルになる。

 

また、要所ごとに「公安检查所」だかなんだか、検問が設置されており、停車して検査を受ける必要がある。単に乗っている人数を言えばいいこともあれば、扉を開けてその人数が乗っているかの確認がある場合もある。ただおおよそ科学的な手法ではなく、何を検査したいのかわからない。ゆるいといえばゆるいが、ここでは必ず全ての箇所に小銃を携帯した警官が一人配置されていたので若干怖い。

その他、ウルムチの外の街には恐らく1kmほどだろうか、かなり頻繁に交番が有り、それぞれに歩哨が立っていたこと(そもそも中国の他の地域には交番は通常存在しない)、夜になると一時間ごとくらいの周期で特警の装甲車を先頭に、10台ほどがサイレンを鳴らしながらゆっくり街のメインストリートを流しているのも異様だった(「南疆に行ったらこんなの24時間こんな感じだよ」とのことだったが)。

 

そして面白かった(という話でもないが)のは、昼飯を食っていた時に地元の人に聞いた話。実は今ウイグルでは、厨房で使う包丁も危険だからと固定され、番号が入ってて持ち出せないようになっているとか。残念ながらそのレストランは厨房が覗き込める構造になっていなかったので真偽はわからず話半分に聞いていたが、あとで検索した所、本当にそういう写真が出ていた(ただしこの話自体はそれなりに知られた話のようなので、もしかしたらそれを知っていて「盛った」可能性もなくはない)。

また、それとは別に各レストラン(おそらく商店)は「十戸連保」という仕組みに組み込まれている。その名の通り、10軒単位でお互いに助け合いましょう…もちろん要するにこれは相互監視のシステムだ。そのシステムを構築・提供している会社のサイトに詳しい規定が掲載されており「若者が多量の髭をたくわえることなどの過度の民族の宗教化、宗教の過激化行為(2000元)」から「政府に対するテロ計画などの核心的情報の提供(300-500万元)」まで、賞金付きで通報が奨励されている。

ネット上に流れている「包丁が鎖につながれている」画像

これらの「政策」は一応ウイグル人の暴動を防ぐため、というお題目の上に行われているようだ。しかし冷静に考えてみると、基本的に「事後」の捜査用にしか役に立たない監視カメラにせよ、銃をぶらさげて威圧的ではあるものの別になにをするでもない検査にせよ、レストランの厨房の包丁を鎖でくくることにしろ、実際のテロの抑止の役に立つとは思えない。基本的にテロは自身の逮捕または死亡を前提として行われる…というのは別にこうしたことを専門にしていなくても簡単に分かる話だ。こうしためんどくさい手続きは、単に生活が不便になるだけ。

それ以前に、ウイグル人がウイグルの中でちゃんとした狙いを持ったテロを起こす必然性は薄く、したがって可能性も低いと思う。基本的に計画されたテロは資金や闘士の獲得のためのパブリシティとして行われることが多い。その意味で、「観客」たる外国メディアがいないウイグルでは、どんなに悲惨な出来事を起こそうとも、その伝播効率は非常に低い(また、見てきたように監視制度は外国人を主たる対象としておらず、おそらくバカ正直にジャーナリストビザで入ってくるか、ホテルに泊まったところでしかひっかけられないことから、そこにあまり危機意識をもっていないであろうことは推測できる)。同胞を巻き込むとかそういったセンチメンタルな部分ではなく、だ。その意味で中国の広さは既に彼らにとって障壁だし、中国政府もネットの封鎖など既にうまくやっているといえる。
そういった「(物理的/精神的な外との障壁」を作れば充分で、例えばWSJの記事に出てくる「外に旅行に行きたくない」は善悪の概念を捨てれば、成功している施策であるといえると思う。その壁の中で何かをする合理性は、あまりないのだ。

 

僕は常々、大きな波は北京冬季五輪の際に訪れると言っている。前回の大暴動は北京五輪に連動するように起きたという記憶が強いこと、またその反省(といって良いのか…)から、国外に逃亡したウイグル人が中東などで訓練を受けているような節があり、これまでのような刃物などで武装しての単純な暴動ではなく、上記のような組織的な「効果を考えた戦略的なテロ」を起こす力をつけている可能性がある事などがその根拠。そして、その際に狙われるのは会場である北京になるだろう(会場や周辺でのテロが最もパブリシティになるということ、他の大都市に比べてウイグル人が元々多く、ネットワークもあると思われるため)。

本当にそうしたことが起こるかはわからないが、なんであれ今の政府の施策は意味もなく生活を不便にさせ、不満を貯めるだけに見えるのは確かだ。WSJの説を更に膨らませて「北京はそうした機器の実験場としてウイグルを囲っている」ということを言えなくもないが、それも若干妄想がすぎる気がする。統治では「民族融和」などのポスターは貼ってあるが、その他の施策がすべてこのような威圧的で意味不明なものだと単に反感を買い地域の治安を悪く、つまり管理の手間を増やすだけに思える。
中国はこうした分野では非常に戦略的に物事を運ぶ印象がある。それだけを根拠に言うなら、何かしら意図があり、僕が気づけていないだけかもしれないが…モヤモヤしたものが残った滞在だった。